みすず書房

新資料が語るゾルゲ事件

尾崎=ゾルゲ研究会編[全4巻]

第二次世界大戦勃発を前に、日本のみならず世界情勢を舞台に進行していたゾルゲ事件。新資料の公開によって明らかになった情報戦の真実はいま、21世紀の戦略論・インテリジェンス論からも注目される。
新資料を多数収録した『ゾルゲ・ファイル 1941–1945』、最新研究をもとに描く画期的伝記『ゾルゲ伝 スターリンのマスター・エージェント』など、4冊をここに刊行。

刊行にあたって

ロシアのプーチンは、ウクライナ戦争を始めるにあたって、大祖国戦争の英雄リヒアルト・ゾルゲから愛国主義と諜報技術を学んだという。しかし、ゾルゲや尾崎秀実の自立した思想と世界観・国家観は、ゾルゲ事件の真相と同じく自明ではなく、今日でも情報戦の論争点である。

1949年の米国陸軍省ウィロビー報告、64年ソ連での愛国英雄ゾルゲの名誉回復のベースにされたのは、みすず書房の『現代史資料 ゾルゲ事件』全4巻に収録された当時の特高警察への被告・関係者の供述や押収資料・裁判記録だった。

21世紀に入ると、ソ連崩壊後に世界で公開された新資料によって、ゾルゲ事件の歴史と意味も問い直されている。とりわけロシアにおけるミハイル・アレクセーエフの3巻本とアンドレイ・フェシュンによる東京とモスクワの交信記録650点の紹介と解読は、これまでの研究条件を一新した。英語圏では、それらを使ったオーウェン・マシューズの本がベストセラーになった。

ゾルゲ諜報団以外のソ連による対日諜報や、ゾルゲのドイツ共産党時代のフランクフルト学派や福本和夫との関係、ゾルゲが新聞特派員として送信したドイツ語新聞記事の全貌、『ヴェノナ』など米英諜報機関によるソ連諜報網の解析、米国共産党日本人部資料、上海時代の周恩来とゾルゲの会見や尾崎秀実と東亜同文書院学生たちの関係資料、日本でのゾルゲ事件発覚端緒の解明や昭和天皇への上奏文を含む思想検察「太田耐造文書」公開などをもとに、新段階のゾルゲ事件研究が再出発しようとしている。

加藤哲郎(尾崎=ゾルゲ研究会代表)

各巻の内容

第1巻
ゾルゲ・ファイル 1941–1945

赤軍情報本部機密文書
A・フェシュン編 名越健郎・名越陽子訳

独ソ戦、日米開戦を目前にした1941年、東京のゾルゲとモスクワの赤軍情報本部が交信した電報等201点、ゾルゲ逮捕後の駐日ソ連大使館内の事後報告を含む1941-45年の文書17点を初公開。
ゾルゲから受信した各電報文には、局長や部長による手書きの「決裁」が記され、ゾルゲの情報や彼への評価、情報局部内の伝達経路、指示系統、官僚機構によるスパイ管理など、情報将校たちの動きが生々しく伝わる。
(四六判 408頁 2022年10月)

[内容抜粋]
独ソ戦開始予想を知らせるゾルゲの電報 1941年6月1日(文書105)
ショルと話して私は、ドイツ側がソ連侵攻に際して、ソ連の犯した戦術上の重大な作戦ミスに注目していることに気づいた。ドイツの見方では、ソ連の防衛線は基本的にドイツの前線と直接対峙しているだけで、大きな分岐線を全く持たない点に最大の欠陥があるということだ。これなら最初の大会戦で赤軍を壊滅できる。ショルは、ドイツ軍が左翼から猛攻を加えれば、ソ連軍に最も強烈な一撃を加えることができると語った。

第2巻
ゾルゲ伝 スターリンのマスター・エージェント

オーウェン・マシューズ 鈴木規夫・加藤哲郎訳

スパイ小説の母国・英国発のベストセラー、最新研究をもとに描きだした画期的なゾルゲ伝。独ソ戦前後のヨーロッパ情勢や日本国内の動きをクライマックスに、世界史を動かした20世紀最大のスパイ、ゾルゲの生涯と活動、時代とその人物像に迫る。
(2023年5月)

第3巻
尾崎秀実のインテリジェンス

鈴木規夫

ゾルゲの右腕だった元朝日新聞記者で中国問題専門家、近衛内閣参与の尾崎秀実。尾崎は中国と日本をどう分析し、展望を開こうとしたのか。この「まったく独自のコミュニスト」を、一帯一路やネオユーラシア主義の勃興する21世紀的視座から再考。
(2024年予定)

第4巻
上海のゾルゲ

M・アレクセーエフ 吉田臣吾訳

ゾルゲの東京滞在に先立つ1930-33年の上海時代の全貌を、ロシアに保存されているゾルゲの手紙、通信文、エージェントらの報告、決済書類等をもとに初めて明かした画期的著作。情報戦が繰り広げられる東洋の魔都で活動したゾルゲを描く。
(2024年予定)

本シリーズの特色

  • これまでゾルゲ事件を知るための基本文献だった『現代史資料 ゾルゲ事件』(全4巻、みすず書房刊、1962、71)以後に発見された新資料を軸に、ゾルゲ事件とその時代とゾルゲという人物の真相に迫る
  • ソ連崩壊後に公開されたロシアの軍や情報機関のアーカイブが保管する資料を中心に、中国や欧米で公開された事実に基づく最先端の研究成果
  • 第1巻:資料集と解説
    第2巻:英国発ベストセラーのゾルゲ伝
    第3巻:世界情勢を縦横に思考した尾崎秀実の分析・調査に着目する書き下ろし
    第4巻:謎に包まれた中国のゾルゲをめぐる初の本格的著作
    第一人者による多面的な構成
  • 独ソ戦前後の息詰まる国内外のやりとり、赤軍による日本軍分析、情報本部に高まるゾルゲ二重スパイ説、駐日米・独大使館に潜入したスパイたちなど、これまで知られなかった新事実満載
  • ウクライナ戦争下で注目されるロシアの情報戦の伝統・方法が描かれる

シリーズ既刊

「ゾルゲ事件」(全4巻)普及版刊行

シリーズ「新資料が語るゾルゲ事件」刊行にあわせ、『現代史資料』に収録されていた「ゾルゲ事件」全4巻を新たに普及版で刊行
(A5判並製 2022年10月)

ゾルゲ事件とは

ドイツ人の父、ロシア人の母をもち、1895年にバクーで生まれたリヒアルト・ゾルゲ。第一次世界大戦にドイツ兵として参戦、負傷した後、確固たる共産主義者に変貌し、ドイツ人でありながらソビエト赤軍の史上最優秀とされるスパイになる。上海をへて東京でドイツ紙記者に偽装して8年にわたりスパイ活動を行い、1941年10月、太平洋戦争開戦前夜に国際諜報団事件として摘発され、尾崎秀実とともに絞首刑。検挙者35人、20世紀最大のスパイ事件である。