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2014.05.26トピックス

ジェリー・ウェクスラー/D・リッツ『私はリズム&ブルースを創った』

〈ソウルのゴッドファーザー〉自伝 新井崇嗣訳

「訳者あとがき」より

新井崇嗣

音楽プロデューサー。すこぶる格好よく響く肩書きだ。プロデューサーを名乗る人はみんな、音楽の知識や才能が豊富で、自信に溢れ、現場を手際よく仕切れて、いつでも頼りになる……のだろうと勝手に思いこんでいたのだけれど、どうやら、そうじゃない人もいるらしい。

歌も楽器もうまくないし、曲作りの飛び抜けた才に恵まれているわけでもない。自信満々に見えるのは虚勢を張っているからで、底の浅さがばれやしないかと、いつでも冷や冷や。周囲に頼られるどころか、すぐにぶち切れるたちで、衝突が絶えず、同僚や部下、上司にしてみれば、困った人……でも、好きな音楽にかける思いは、誰にも負けない。これだと感じるものを見つけたら、頑固一徹、とことん後押しする。得意技は、巧みな話術、人を見る目と音楽を聞きわける耳、そしてヒットの匂いをかぎつける鼻。それを武器に、自らを触媒にして、歴史に残るR&Bおよびソウルの名作群を産んだ。本書の主人公、ジェリー・ウェクスラー氏はそんな音楽プロデューサーだった。

ウェクスラーはポーランド移民の父とドイツ移民の母との間に、ニューヨークで生まれた。子供のころは野球とビリヤードに目がない、けんかっ早く生意気な悪ガキで、不良仲間が知らない本と音楽、とりわけブルースとジャズにも強く惹かれていた。道に迷ってばかりだった青春時代ののち、どうにか音楽業界に足を踏み入れたウェクスラーは、『ビルボード』誌の記者をへて、アトランティック・レコードの共同経営者になる。そして沈着冷静で機知に富み、人望の厚かった同社社長、アーメット・アーティガンとタッグを組み、押しの強さと猛烈な音楽愛という長所(と同時に短所)をますます大きく育んでいった。

そんなウェクスラーの歩み(2008年に他界。ご冥福をお祈りいたします)を辿った本書は、米大衆音楽界の発展とその舞台となった主要都市の様子が活き活きとした描写で綴られた歴史書でもある。ニューヨーク、カンザスシティ、ロサンゼルス、シカゴ、ニューオーリンズ、メンフィス、マッスル・ショールズ、マイアミなど、ウェクスラーが暮らした、または足繁く通った土地と、そこで出会った、あるいはそこに連れていった人々との魅惑的な思い出話が、次々に飛び出してくる。

物語の山場はたくさんあるけれど、個人的にはなんといっても、アーティガン&ウェクスラー体制のアトランティックが最も輝いた、50~60年代のR&B~ソウル期だ。クライド・マクファター、ザ・ドリフターズ、ザ・コースターズ、ラヴァーン・ベイカー、ジョー・ターナー、チャック・ウィリス、アイヴォリー・ジョー・ハンター、チャンピオン・ジャック・デュプリー、プロフェッサー・ロングヘア、ギター・スリム、レイ・チャールズ、ソロモン・バーク、ウィルソン・ピケット、オーティス・レディング、ルーファス・トーマス、パーシー・スレッジ、サム&デイヴ、アレサ・フランクリン、ダニー・ハサウェイ、キング・カーティス。米大衆音楽史を彩った、伝説の呼称が似つかわしいアーティストはどんな人間だったのか。かれらの手になる珠玉の音楽作品はいかにして生まれたのか。ウェクスラーの熱弁に、訳しながら、ぐいぐいと引きこまれた。アーメット・アーティガンとその兄ネスヒ、名エンジニアのトム・ダウドやアレンジの匠アリフ・マーディンといった同僚、デューイ・フィリップスやアラン・フリードほかの名物ラジオDJ、リーバー&ストーラー、フィル・スペクター、バート・バーンズなど、アトランティックとゆかりの深い有名プロデューサー/ソングライター、アトランティックのよきライバルだったチェスやインペリアル、パートナーとして蜜月も経験したスタックスやフェイム、カプリコーンといった他レーベルの関係者、マッスル・ショールズ勢をはじめとするスタジオ・ミュージシャンなど、個性豊かな音楽人にまつわる逸話にもわくわくさせられっぱなしだった。

本邦訳書の原書Rhythm and the Blues: A Life in American Musicは1993年にアメリカで発刊されたもので、ウェクスラーとデヴィッド・リッツ氏が共同で著している。リッツはレイ・チャールズ、マーヴィン・ゲイ、B. B. キング、ネヴィル・ブラザーズなど、有名アーティストの自叙伝を数多く共著した伝記作家で、小説やCDライナーノートも複数手がけている。本書はウェクスラーが口述したものをリッツが文章にし、それをウェクスラーが確認する、という作業をくり返して書かれたものと思われる。

強引に韻を踏んだり、極端な長文と単文をわざと並べたり、序文でリッツも述べているとおり、一般の読者に馴染みのなさそうな単語をあえて使ったり、明らかな造語を連発したりと、言葉の選び方や語り口にまで、ジェリー・ウェクスラーという愛すべき男の人となりがよく出ている。口述にもかかわらず、自身の失敗を挙げつらね、自らの評価を下げる関係者の発言を数多く載せている点も、本書の読みどころだ。自他ともに認める青春期のマザコンぶりと親のすねかじりぶり。仕事場でも家庭でも変わらなかった自己中心主義。浮気と失敗をくり返した結婚生活。ひどいかんしゃく持ちのせいで、いい大人になってもやらかした数々の失態(デヴィッド・ゲフィンとの衝突は、その典型だ)。呆れるほどのダメ加減だけれど、それを取りつくろわない、開けっぴろげの饒舌さが本書の読み物としての魅力を増すとともに、ノンフィクションとしての信ぴょう性を高めてもいる(リッツも、ウェクスラーの追悼式のスピーチで、その寛容ぶりに驚いたと語っている)。

アトランティックはもともとジャズに力を入れたレーベルで、ウェクスラーもアーティガン兄弟も熱心なジャズ愛好家だっただけに、本書の前半では当時のニューヨーク・ジャズとレコード狩猟に関する懐古談をたっぷりと、中盤にはMJQやミルト・ジャクソン、レイ・チャールズといった人々が同レーベルに残したジャズ・アルバムに関する裏話を楽しめる。本書にはさらに、アトランティックの歴史にその名を刻んだ(もしくは刻む寸前までいった)者から、ウェクスラーが退社後に関わった者まで、ロック/ポップ畑の有名人も数多く登場する。ドクター・ジョン、デュアン・オールマン、デラニー&ボニー、エリック・クラプトン、ローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリン、ダスティ・スプリングフィールド、ラスカルズ、ウィリー・ネルソン、エルヴィス・プレスリー、ジミ・ヘンドリックス、フランク・シナトラ、リンダ・ロンシュタット、ボブ・ディランをはじめとする数々のスターにまつわる、大小さまざまだが、いずれも香りや辛味の利いたエピソードの数々に、ロック好きの向きは好奇心をそそられるにちがいない。

copyright Arai Takatsugu 2014
(筆者のご同意を得て抜粋転載しています)




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