みすず書房

ブルース・チャトウィン『黒ヶ丘の上で』

栩木伸明訳

2014.08.25

ブルース・チャトウィンは1989年1月18日にこの世を去った。『パタゴニア』で華々しくデビューしてから十年あまりの長いとは言えない作家生活である。チャトウィンを売りだした出版社ジョナサン・ケープの編集者トム・マシュラー(著書に『パブリッシャー』晶文社あり)は、来日を機に出された小さな本の中で同時期に手がけた作家のことを語っている。ジュリアン・バーンズ、イアン・マキューアンなど小生好みの作家たちと並べながら、どうやらマシュラーがいちばん好きだったのはチャトウィンだったと思える節がある。最初の原稿を持ってきたとき、マシュラーは駄目を出した。それから何年も経って突然やってきたチャトウィンの書き直した原稿は驚嘆すべきものだった。これが『パタゴニア』になる。第二作『ウィダの総督』も大方の心配をよそに高い評価を受けた。そして『黒ヶ丘の上で』『ソングライン』『ウッツ男爵』の5冊を書いて、チャトウィンはエイズで死んでしまった。

ところで日本で最初に翻訳出版されたのは『ウィダの総督』(めるくまーる)であるが、発行日は1989年6月20日、チャトウィン没後のことだった。訳者のあとがきにも「衝撃的な死」とある。それ以来、日本でチャトウィンは「すでにこの世の人ではない」作家として読まれてきたのである。『パタゴニア』が池澤夏樹編集「世界文学全集」の一巻となり、角川文庫にエッセイ集『どうして僕はこんなところに』が入って日本におけるチャトウィンの読者の数も、作家自身の生涯に対する関心も、まるで21世紀の作家のように増大してきている。

若いときからスターだったグレン・グールド(1932-1982)とまったく違うのを承知であえて言うのだが、この二人にはどこか共通する魅力、たった一人で生き死にした人が生前没後にかかわらず放つ強い光のようなものを感じてしまう。ピアノ音楽の比類なき表現形として聞き継がれるとともに、グールドの「言葉」もまったく古びない。みすず書房から著作集、書簡集、発言集を出してきたが、今でも新しい読者を獲得している。永遠の50歳なのだ、チャトウィンもグールドも。

『黒ヶ丘の上で』は、小説という形式の故かこれまで翻訳されずに過ぎてきた。お読みになればわかる通りの古典的な傑作である。しかし、ふと思うのは、もしこれが80年代半ばに翻訳されたら今のように受容されただろうかということである。バブル経済に向かう日本社会でウェールズの農村を離れずに、消費社会と無縁の生涯を送る双子の物語はまさに「遠い世界」のファンタジーとして消費されたかも知れない。2010年代の今日、栩木伸明という詩心ある翻訳者によって日本語に「吹き替えられた」この小説を手にして、エコロジー、経済格差、原子力発電、中国の大気汚染、一向に収まらない局地戦争と世界の不穏……などを背中に感じつつ、ルイスとベンジャミンの百年記に耳を澄ますとき、『黒ヶ丘の上で』はじっと日本の読者を待っていてくれたのだと、有難い思いもまた湧いてくる。

最後に一つだけ、小さなエピソードを。本書の47ページにこんな一節がある。「ラドノーシャーのほとんどの農夫は聖書の物語や詩句に親しんでいる。新約聖書よりも旧約聖書のほうを好む人が多いのは、旧約のほうが羊の飼育にまつわる物語が多く入っているからだろう。」さりげない、しかし含蓄のある指摘だ。そこにヒントを得たのか、最新版のペンギンブックス(左上)では表紙のイラストに双子の羊が描かれている。みすず書房版では羊がどこにいるでしょうか? 書店でお確かめ下さい。

◆刊行記念イベント開催
栩木伸明×旦敬介「ブルース・チャトウィンの散文世界を歩きまわるためのガイド」

deeded