みすず書房

武藤洋二『紅葉する老年』

旅人木喰から家出人トルストイまで

2015.09.11

「最近の長寿研究が証明する長生きの条件は、勤勉さ、真面目さ、努力しつづけること、目標をもっていることである。目的、目標を達成するために絶えず勤勉に働きつづけることであり、自分を縛る目標を設定せず、楽天的でのんびり、ゆったり時をすごす者は、長生きしそうだが、勤勉な努力家よりも短命である。」(本文より)

帝政ロシア時代の日々、遊んで暮らす貴族や地主たちは、ストレスがないのに長生きしなかったという。命を萎縮させたまま、時だけが過ぎていったのだ。
「貧弱な精神生活を送っている者は早死する」と、82歳で家出して旅先で死んだレフ・トルストイは言った。

孫娘ターニャと81歳のトルストイ 1909年

トルストイは教会から破門され、政府からも教会からも異端者・逮捕できないテロリストとして、死ぬまで監視されていた。「いつ死んでもいい」と言いながら、最後まで「自分の仕事」から引退しなかった。
今ではあまり読まれないトルストイだが、死刑廃止、反戦、テロリズム、貧富の格差、医療と介護など、没後105年の今の日本で考えるべき多くのことを語っているのに驚く。
「政治への関心は他者の命への関心である」(トルストイ)
宮沢賢治も田中正造も有島武郎も、それこそ必死にトルストイを読んだのだ。

トルストイは例外なしの武力否定の立場を貫いた。
ロシアの大平原を異民族が来襲したらどうするのか、武器なしで待ち受けていて命は守れるのか。この問いにたいしては、無抵抗と危険な現実とのあいだで、トルストイは心の中で「判断停止」を保ったようだ。理想と現実にすさまじい乖離があることはわかっている。それでも、妥協をせず理想を掲げることにどれだけ人生を傾けるか。
暴力の絶対否定は、目標の提示として意味があった。そこに一点の妥協を混ぜたら、その点が細菌になって、原則を虫喰いだらけにしてしまうだろう。
トルストイの「力に対する力による抵抗の否定」は、後世に残した原石である。原石だから、それを大事にして、時代ごとに磨き続けること。

ニコライ・ゲー《真理とは何か》 1890年
ドストエフスキーが罵倒した画家はトルストイの同志だった。 本書は本邦初公開のニコライ・ゲーの図版と情報多数。

日帰りの山歩き。下山を急ぐ午後3時半過ぎ、山道が異様な美しさに包まれる時間帯がある。入り日直前の陽光が黄金色に輝き、一帯を包む。これが紅葉の時期なら、奇跡のようなトワイライト・タイムだ。
人生にも紅葉期がある。死が近づいて生がせっぱつまった老年に、若い頃には思いもよらない境地が花ひらく。醜・弱・衰は自然だろう。ただ、陽気さが必要だ。
だれもが紅葉期に恵まれるわけではない。命の得体の知れない力、個性の強さ、命と命の想像を絶するちがいこそは、万人の人生への宇宙からの贈物であると著者はいう。
「紅葉人として生きよう」
本書には、そのためのヒントと励ましがつまっている。