みすず書房

G・D・ボラージオ 『死ぬとはどのようなことか』

終末期の命と看取りのために 佐藤正樹訳

2015.09.10

本書は2011年にドイツで刊行されると評判を呼び、ベストセラーからロングセラーになろうとしているもので、翻訳には単行本第10版にもとづくペーパーバック版第3版を使用した。いくら普遍的なテーマだと言っても文化の違いがあり、ヨーロッパ発のベストセラーが日本ではなかなか受け入れられない事情もわかっているが、本書の翻訳刊行を決めた理由の一端を箇条書き風にここに記しておく。

1 ヨーロッパと言ってもそれぞれだが、特にドイツは、出生率の低下、伸び続ける平均寿命、高齢化社会のあり方が、日本ととても似ている。女性一人当たりの出生率をみると、フランスが2人を超えているのに対し、ドイツはここ数年1.4から1.3台になり、ほぼ同程度だった日本を下回って世界最低レベルである。フランスに比べドイツと日本における女性の社会進出が遅れていることがわかる。また、現在のドイツでの難民受け入れももちろん少子化対策と関係がある(日本も「女性の社会進出」を空しく連呼するだけでなく、多様な方向性を打ち出すべきだろう)。そういうなかで高齢化社会をしめす人口分布のいびつさは益々ひどくなり、現在ベルリンやミュンヘンのドイツの大都市では大多数の老人が一人住まいとなっている。「自宅で死を迎えたい」という希望が圧倒的に多いとはいえ、自宅で誰が看取るのか、も問題になっている。

2 そんな中、人が死を迎えるにあたって、ヨーロッパでは司牧者の役割も大きい。そこが日本との違いだとよく言われるが、実際はどうか。本書には、司牧者との会話を希望しますかという質問に対しては、第一に「いえ、医師のほうがいい、客観的だから」が多く、次に多いのが「まあ、そうですね、ご存知のとおりわたしは信心深いほうではありませんが」というものである。司牧者の役割も、キリスト教的徳目を述べるというようなものではなく、本人の過去、現在、そして短くても将来の生活の意味を本人自身が発見する試みを支えることのようで、日本ではたとえばカウンセラーで肩代わりできるものである。

3 逆に日本でまだ広まっていないのが、意思決定委任状と患者の事前意思表明書。現在ドイツでは60歳以上の人の42パーセントが事前意思表明書を書いており、法的にも整備が進んでいる。自分の命をどう終えたいかを家族はじめ最も信頼している人に委ねる委任状と、医師が厳密に守るべき事前意思表明書の存在、それを国家や社会が支えていくシステムは、ドイツと同様の構造にある日本でも大きな課題だろう。

いずれにせよ、人間の生と死という最も自然な営みに対して、治療という目的で医学がどんどん介入している現在(自然分娩より帝王切開を、とにかく延命治療を)、人が死を迎えるにあたり何が大切かを、大問題からちょっとしたことまできめ細かに描いた本書から見えるのは、医師、看護・介護関係者、家族、誰でもがなりうる当事者はじめ、法や行政その他すみずみまでの連携の必要である。