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2019.05.31トピックス

「この実際の地獄と比べれば、ダンテの地獄は荒唐無稽」(ハイム・ヘルマン)

ニコラス・チェア/ドミニク・ウィリアムズ『アウシュヴィッツの巻物 証言資料』二階宗人訳

あなたたち、幸せな世界の住民よ、私のところに来なさい、まだ幸せだと喜び、楽しみが残っている国に住んでいるあなたたち、そうすれば現代のありふれた犯罪者が人びとの幸せをどう不幸に変え、喜びを永遠の悲嘆にし、楽しみを永久に破壊するのかを教えてあげよう。
(ザルマン・グラドフスキ)

[ゲットーから移送される前の追憶]
「父さん、ぼくは生きたい。生きていられるようにできることは全部して。なんとかして──とにかく、とにかく生きたい」という息子の言葉が耳にこびりついていた。子どものベッドのかたわらに立ち、その顔をくまなく観察した。まゆ毛の曲線や鼻、耳、指の爪までじっと見た。…おのれの語り尽くせないほどの恐ろしい悲運を、おぞましい運命全体を封じ込めた一語を、ひとつのゆっくりした切れ切れの音声に体現した。「シュムエル、私のシュムエル」と、私はいつまでも叫んでいた。
(レイブ・ラングフス)

ナチの殺戮収容所アウシュヴィッツとビルケナウでは、毒ガス(ツィクロンB)の管理・投入はSS親衛隊が行ったが、ガス殺された人びとの死体の処理はユダヤ人から徴用された「特別作業班」(ゾンダーコマンド)が担わされた。ナチの親衛隊員たちは死体を見ずにすみ、構内で姿が見かけられることもまれだった。

ゾンダーコマンドは殺害行為のあらゆる痕跡を消し去る作業に加担させられた。「死体運搬係」がガス室から死体を引き出し、「歯医者」が金歯を抜き取り、「床屋」が女性の頭髪を刈り、「釜焚き」が死体を焼却、ギリシア系ユダヤ人の班が骨を砕いて灰にして、灰はソワ川に投棄された。

彼らの存在が移送されてきたユダヤ人たちを安心させることがわかると、ガス室に入る前に犠牲者たちが脱衣するあいだ、ゾンダーコマンドも立ち会うことになった(事実をひと言でも漏らせば、即刻死刑だった)。

全期間をつうじて2000人のゾンダーコマンドがいたが、生還したのは80人であった。

こうした閉ざされた空間に倒れている死者は、他者の上に五層、六層にも重なり合い、その高さは一メートルにもなった。床に座り込んだままの母親たちが子どもたちの手をしっかり握りしめ、男女が抱き合っている。…毒ガスの影響で真っ青に変色している者もいれば、生き生きしてまるで眠っているかのような者もいる。
ある集団は掩蔽壕〔ガス室〕に入らなかった。彼らは翌朝十一時まで木造の小屋に拘禁された。彼らはガス殺される人びとの絶望的な声を聞き、そして彼らを待ち受けていることを正確に理解した。彼らはすべてを目撃した。彼らは呪われたその一晩と半日のあいだ、この世における悲嘆の極みを経験した。こうした出来事のなかで生きなかった者は、これらをまったく理解できないに違いない。私は彼らのなかに私の妻と子どもがいたことがあとでわかった。
(レイブ・ラングフス)

そうしたなかでゾンダーコマンドは書き、地中に埋めていた。戦後発見されたそれらの文書は「アウシュヴィッツの巻物」と呼ばれる。自らは死を覚悟しながら書き、収容所から脱出させた言葉。「地獄の中心部」で、出来事の内部で、残虐行為のただなかで、人はなにを書き、証言し、伝えようとしたのか。

アウシュヴィッツの収容者たちは感情を失い、無感覚で無思考になったとも言われてきたが、ゾンダーコマンドの文書は地獄の労働に従事しながら最後の瞬間まで感情をもち、繊細に感じ考えることをやめられないのが人間であることを示している。

君は表向きは自分の命に関心をもたず、自分個人を気にかけることはしないと自分に言い聞かせて、ただ皆の利益のため、生き残るため、このために、あのために、あるいはこのとか、あのとかといった具合に何百もの言い訳をする。だが実を言えば、いかなる犠牲を払ってでも生きたいという意思が渦巻いている。生きたいという欲望があり、それは生きているからであり、それは全世界が生きているからであり、また味わいのあることすべてが、あるいはなんであれかかわっているすべてのことが、なんと言っても生と密接につながっているからである。
(ザルマン・レヴェンタル)

文学者のように書いたグラドフスキ。宗教者で倫理性を示したラングフス。ゾンダーコマンドの歴史家・記録保管者として蜂起やゲットーの歴史を伝えたレヴェンタル。ポーランド出身でありながらフランス語で手紙を書き、妻は再婚してもよいが、娘に継父を持たせたくないので娘はすみやかに結婚させるようにと告げたヘルマン。「私の目が目撃したものを想像することは不可能である」と書きながら、表現し、犯罪の証拠隠滅に抗したナジャリ。

[蜂起について]
グループの者たちは互いに抱擁しあって喜んだ。自分たちの行った選択のすべてに終止符を打つこの時を、生きて迎えることができたのである。だがわれわれが生き残れるといった幻想を抱く者はひとりもいなかった。反対に、死が確実であることがはっきりわかっていた。だれもがそれでよかった。しかしどたん場で、たまたま何事かがある搬送に起きた。われわれは該当区域で待ったをかけざるをえず、それは作戦全体の中止につながった。こうした決起が中止されてはならないことがわかっている同志の若者たちは、実のところ大声を出して泣いた。決起しなければ、われわれの望んだことは起こらないのである。
(ザルマン・レヴェンタル)

われわれはポーランド人たちに、われわれの同志に、裏切られたことがわかった。しかもわれわれから採用したものすべてを自分たちのために使ったのである。われわれが提供した材料は彼らのものとなり、われわれの名は完全に黙殺された。
(ザルマン・レヴェンタル)

不詳のギリシア系ユダヤ人アレックスによってガス室の入り口から撮影された、焼却風景や走らされる裸の女性たちの写真4枚も外部に持ち出された。

そもそも、これは一個人で完結する仕事ではなかった。紙、ペン、インク、文書を収める容器、密閉のための蠟(ろう)などは、倉庫の労働班が犠牲者たちの遺品から入手、収容者のネットワークを通じてゾンダーコマンドに渡った。掃除当番は書き手のために明るい窓際に寝台を配置した。後世に残る可能性を高めるために複数の書き写しが行われた。名前だけのリストがあり、かつて個人が生きていたことを名前が証している。

戦後、「アウシュヴィッツの巻物」はそれぞれが数奇な運命をたどった。本書は「アウシュヴィッツの巻物」の全体を初めて詳しく考察した書であり、最前線の研究である。もっと数多くの文書が埋められたという証言もある。修復・解読の作業がつづいている。

(以上、囲み内は本書よりの引用)




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