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2018.12.13トピックス

新資料をもとに加筆。「ランプを持った天使」の本当の偉大さが見えてくる

ヒュー・スモール『ナイチンゲール 神話と真実』[新版]田中京子訳 川島みどり解説

フローレンス・ナイチンゲールの名をイギリスのすみずみまで響きわたらせたのは、1854年から2年にわたったクリミア戦争のさなか、1855年11月にロンドンで開かれた集会でのことだった。戦場のナイチンゲールへ宛てた一兵士の手紙が読み上げられたとき、人びとは熱狂し、この手紙にインスパイアされた詩人ロングフェローの次の詩は、彼女の名を永久のものとした。

見よ! このつらい時間に
ランプを手にした婦人が
おぼろげな闇を通って
部屋から部屋へと過ぎゆくのがみえる
すると、至福の夢をみているかのように、ゆっくりと
患者は黙って向きを買え
彼女の影が落ちるとき
その影に口づけをする

そのナイチンゲールが、名声に包まれてクリミアから帰国した後は、30代の働き盛りであるにもかかわらず、看護の現場から遠ざかり、彼女の責務として期待された看護婦養成学校からも背を向けつづけたことは、不思議なくらい強調されてこなかった。90歳で世を去ったのちに、一族は彼女が生涯に書いた膨大な手紙を管理し、かれら公認の伝記作家のみがアクセスを許された。20世紀から21世紀へと時代が移り変わり、看護についての考え方も、実践も変化するなかで、ナイチンゲールの名は慈愛と献身の「天使」のイメージをともないながら、歴史の中にゆるぎない場所を占めてきた――

第一次資料へのアクセスの制限がやがて解かれ、新たな伝記も登場したが、ことに2000年前後からは、さらに踏み込んだナイチンゲール像を探ろうとするものが相次いで現れた。中でも、1998年にイギリスで刊行されたヒュー・スモールの原書第一版、Florence Nightingale, Avenging Angelは「衝撃作」だった。リヴェンジではなくアヴェンジ、「仇を討つ」天使――彼女は、何に対して、誰の「仇」を討ったのか。その謎ときのなかに、事故=過誤論のモデルともいえるものを見出すことができるだろう。人は過ちを犯したとき、どうするだろうか。犯してしまった思わざる過誤に気づき、生き続けることさえできないほどに押し潰されながら、失敗をどのように購うことができるだろうか。

第一版の刊行から、ほぼ20年。その間に新たに閲覧が可能になった書簡や文書があり、加筆を施した改訂版が2017年に刊行された。失敗を隠蔽するために奔走するなど思いもかけず、一生をかけた苛烈な闘いをみずから選び、そして勝利したナイチンゲール。その真実を描ききった新版からは、苦悩の中で彼女がはたした大逆転の道のりが見えてくる。「天使」の本当の偉大さが見えてくる。




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