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2019.02.12トピックス

松尾梨沙『ショパンの詩学』 あとがきの周辺

『ショパンの詩学――ピアノ曲《バラード》という詩の誕生』

ショパンが生んだ《バラード》という音楽ジャンルの来歴を解明し、ショパン像を刷新する若手研究者の快挙。
「あとがきの周辺」を綴るエッセイを、著者からお寄せいただきました。

ショパンから「いま」へ

松尾梨沙

ポーランドの首都ワルシャワでは、毎年9月下旬に「ワルシャワの秋」という音楽祭が始まる。からっとした明るい真夏から一転し、どんより曇りがちで肌寒くなるこの時期に合わせるかのように、工場跡の仄暗い空間で、通常目にしないような異様な楽器の数々が、耳にしたこともないような不思議な和声やリズムを奏でてゆく。あるいは妖しげな格好の演奏家や歌手やダンサーに取り囲まれ、色や光、さらには香りの技術までも駆使した、やはり見たことも聴いたこともないような「総合芸術」を目の当たりにする。そんな個性豊かな作品の上演が10日間ほど続く国際現代音楽祭である。

1953年、スターリンの死去によりソ連で始まった「雪解け」は、旧東側のポーランドにも波及し、1956年の政変によって各分野で自由化政策がとられ始める。音楽分野でもこの機に西側への意識が高まり、「ワルシャワの秋」はその旗揚げとして1956年に第1回が開催された。この音楽祭の目的は、それまで閉ざされていた西側の知られざる新作をポーランドに紹介すると同時に、ポーランド国内の新作を紹介し、新たな作曲家たちを育てていくことにあった。つまり冷戦のさなか、ワルシャワが東西双方の音楽情報公開・流通の最重要拠点となったのである。

ベルリンの壁崩壊から四半世紀以上が経った今、「東西音楽流通の要衝」という役割はすでに終えたとはいえ、「ワルシャワの秋」は音楽家のみならず、ごく一般の聴き手にとっても、まさに「いま」のアートシーンを気軽に楽しむ場所としての役割を果たし続けている。夜10時半からのコントラバス・アンサンブルによる新作の無料初演を、近所に住む若者やお年寄りがふらっと聴きにきて、カクテル1杯片手に談義して帰るといった環境に浸っていると、クラシック/現代音楽/古楽といった垣根をいちいち感じやすい日本の音楽環境ではなかなか味わえない雰囲気だといつも思う。

ポーランドの外から見ているだけでは、ポーランド音楽というと「ショパン」しかイメージされないことが多いが、それも結局は「ショパン」というひとつの垣根を形成してしまっているに過ぎない。今なお新しい響きや語法、そして音楽のあり方そのものを追究し続けるポーランド音楽界の姿勢は、ショパンだけではとても語れないし、しかしその一方で、彼らのそうした革新性の原点にショパンの音楽があるのもまた確かだ。「ショパンはむしろ古典的だ」とか「ショパンはサロン作曲家であり、伝統の革新に興味はなかった」ともよくいわれるが、それは大きな誤解である。誰の目にも明らかなやり方で伝統や古典様式を打倒しようという手段をとらなかっただけであって、例えば同時代のポーランド文学界においてはミツキェヴィチがそうであったように、あくまでも古典的手法に「同化」しつつそれを「淘汰」していくというかたちで、初期から晩年に至るまで、ショパンは常に脱皮を続けていた(ミツキェヴィチとショパン各々の作風については拙著『ショパンの詩学』第4章を参照)。ピアノ曲《バラード》のようなジャンルを生み出したことも、そうしたショパンによる新たな書法探求の一端であったといえる。以降現代に至るまで、ポーランド人作曲家たちは「ショパン以後」に生まれてしまった以上、尊敬するにせよ、敵対するにせよ、あるいは全く無視するにしても、「ショパン」をまず意識しないわけにはいかなかった。そのつど時代や社会状況にも応じた様々なかたちで、彼らはショパン以後の脱皮を続けてきたのである。

昨秋2018年9月に第61回を迎えた「ワルシャワの秋」では、例年にも増して若手日本人の活躍が目立った。女性作曲家として注目される山根明季子氏による、薩摩琵琶とオーケストラのための作品《ハラキリ乙女》(2012年に東京で初演)が、音楽祭楽日に欧州初演されたのだ。

例年「ワルシャワの秋」でのアジア人作曲家によるオリエンタルな協奏曲作品は、欧州的なオーケストラ作品の中であまりに独特な、刺激の強いものだったが、《ハラキリ乙女》での琵琶の音色はむしろオーケストラのあらゆる響きに溶け込んでいた。その一方で、いわば音と音との「間」の存在が、前後に並ぶ欧州作品とは対照的に、日本の楽器だからこそ生み出せた「静けさ」や「空間の美」を演出したようにも聴こえた。しかしこうした「ささやかな」美意識が、こちらの人々にどの程度伝わったのだろう。中には「違和感を禁じえなかった」という感想も聞かれたが、週刊誌『ポリティカ』の記者でありポーランド国内で音楽評論家として著名なドロタ・シュヴァルツマン(Drota Szwarcman)氏は、私にこう話してくれた。

「山根氏は女性が行う切腹について述べていたが、そもそも切腹はサムライ、つまり男性が行うものだということは私も知っている。その意味ではむしろ日本人にとっての方が、この作品は驚異的だったかも知れないね。ポーランド人にとってはそれほどオリエンタルには感じられず、むしろ和声的にも柔和できれいな響きだと感じた。琵琶は日本の楽器として、私は初めて聴いたけど、美しい音色を持っていて興味深かったし、良い効果を発揮していたと思うよ。」

日本人の慣習や美意識が、我々と同じようにポーランドの人々に伝わるとは限らないが、むしろそのことが、日本/欧州のような垣根を取り払い、先入観によらない多角的、国際的な魅力を生み出すこともありうるという、とても興味深い感想に思えた。これが、ショパンを生み、欧州の東西分裂をつないだ歴史を持つポーランド音楽界の「いま」であり、それは日本の音楽の「いま」をも受け入れようとしている。「ショパン好きな日本人」「ショパンコンクール挑戦者の多い日本」ということでしか、ポーランドと日本の音楽界はつながっていないように見えるかもしれないが、それはじつに表面的な、偏った見方に過ぎない。

今年2019年は、ポーランドと日本の国交樹立100周年にあたる。次の100年は、互いにどのように関わっていくべきだろう。私が薫陶を受けたワルシャワ大学ポーランド文学研究所のW・サドフスキ教授は、様々な文学作品を通して、ポーランドの人々が心の奥底に秘めるカトリック信仰の真髄を教えて下さった一方で、私が時折お見せした日本画や日本の花々や和菓子の、ささやかながらも奥底から湧き上がる色や香りに大変な興味を示され、きっと美しい国なのでしょうと遠くを見つめられた。我々の接点は、決して「ショパン」だけではない。しかし我々が共有できる美意識の原点に、「ショパン」はいるのかもしれない。

copyright© MATSUO Risa 2019


松尾梨沙『ショパンの詩学』(みすず書房)カバー

  • ピアニストの小山実稚恵氏より、本書のオビに言葉をよせていただいています

(画像をクリックすると拡大します)



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