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2019.06.11トピックス

現在を理解するための遠くからの眼差し

カルロ・ギンズブルグ『政治的イコノグラフィーについて』上村忠男訳

現在を理解するためには、現在を遠くから眺めることを学ばなければならない。
(第二試論「今日ホッブズを読み返す」)

宗教の起源の場合でも、国家の起源の場合でも、最初には恐怖(fear)があり、最後には、結果として、畏怖(awe)ないし崇敬があることがわかる。そして中間にはフィクションがあって、それを作り上げた者たち自身に実在するものとして押しつけられるのである。(同上)

「わたしと恐怖とは双生児である」と、ホッブズは自伝に書いた。ホッブズは自らの政治哲学の中心に恐怖を置き、恐怖と人間の想像力の産物である宗教がいかに効果的に機能しうるかを考え、そして国家は恐怖から生れた契約をつうじて出現するものであるとした。
人為的な被造物であるリヴァイアサンが、契約によってそれを創造した者たちの前にそそり立つ。

チャールズ二世に献呈された『リヴァイアサン』の羊皮紙写本の扉絵(1)では、リヴァイアサンを構成する人々が読者=国王に顔を向けていたが(2)、印刷版の扉絵(3)では、無数の人々がリヴァイアサンを畏怖と崇敬の面持ちで見上げている図絵に変更された(4)。

(図版はカーソルをあててクリックすると拡大します)

さらに、くちばし型の仮面で顔を覆った、ペストの防疫作業に当たる医師が、書名LEVIATHANの語末のAとNの間の延長線上あたりに描きこまれている(5)(6)。ホッブズはかつてギリシア語から英語にトゥキュディデスの『ペロポネソス戦史』を翻訳した際(1629年刊)、
「神々にたいする恐怖も人間の掟も、もはや拘束力を失っていた」とすべきところを、
「神々にたいする恐怖も人間の掟も、もはやだれをも畏怖させることはなかった」とした。
ギリシア語のapeirgein=抑制する、をawe=畏怖させる、に移し換えたのだった。
ペストの蔓延によりあらゆる法律が効力を失って無法状態に陥ったトゥキュディデスが描いたアテナイへの想起を、ホッブズは2人の医師を書き込むことで示唆したという。

2003年3月、アメリカのバグダッド爆撃の作戦名は「衝撃と畏怖Shock and Awe」だった。
当時のアメリカのネオコンたち(新保守主義者たち)はホッブズを21世紀に適合させようとしたという論説を紹介したうえで、著者は、わたしたちが生きるのは「ホッブズが思考し探求したものに似た世界である」として、あくまでも仮説的な未来であることを願いながら想像する。

空気・水・土壌の汚染は、ついには、ホモ・サピエンス・サピエンスと名付けられている種も含めて、多くの動物種の生存にとって脅威となってしまうだろう。そのときには、世界とその住人たちの上に毛細血管のように張り巡らされたグローバルな管理統制が避けがたくなるだろう。人類の生存はホッブズが要請したのに似た契約を要求することになるだろう。個々人は自分たちの自由を放棄して、ひとつの抑圧的な超国家、過去のものよりも無限に強力なリヴァイアサンを求めるようになるだろう。(同上)

もうひとつ、「現在を理解するための」政治的イコノグラフィーの方法が展開する第四試論。
第一次世界大戦時の英国の新兵募集ポスター(7)は、キッチナー陸軍大臣が「英国人よ、きみの国軍に加われ!」とまっすぐに見る人を指差すもので、アメリカ、ドイツ、イタリア(8)、ソヴィエト(9)の戦時ポスターにもまたたくまに取り入れられた。その長い連鎖反応はローマ時代のプリニウス『博物誌』から始まる。

突き出た指、「見る者を、その者がどこから見ていようとも、いつも見ている」眼、そして呼びかけというモチーフが、救世主キリストの像(10)から数々の聖像画(11)をへて、日常的な広告言語の空間にも侵入した(12)。

キッチナー陸軍大臣のポスターが町じゅうに張りめぐらされた1914年、11歳だったエリック・ブレアー、のちのジョージ・オーウェルは地元の新聞に詩を投稿する。

目覚めよ、イングランドの若者たち、
なぜなら、きみたちの祖国が必要としているときに、
きみたちが何千となく入隊しないとしたら、
きみたちは本当に臆病者だからだ。

成人して第二次世界大戦も経験したジョージ・オーウェルは小説『1984年』で、ポスターとしてもテレスクリーンとしても使われる《ビッグ・ブラザー》を登場させた。

描かれているのは横幅が一メートル以上もあろうかという巨大な顔だけ。四十五歳ぐらいの男の顔で、豊かな黒い口髭をたくわえ、いかついが整った顔をしている。……こちらがどう動いてもずっと眼が追いかけてくるように撮られた写真の一つだった。「ビッグ・ブラザーがきみを見ている」とポスターの下のキャプションにはあった。
(ジョージ・オーウェル『1948年』より)

電子情報と心理統制に立脚した独裁の監視社会。現在、『1984年』のディストピアは現実に言及したものとして違和感なしに読まれるだろう。

ただし、歴史家ギンズブルグは、オーウェルの幼年時代の記憶にたどり着きながら、「歴史は──歴史を書くことは──記憶と一致するだろうか」「自分は記憶と歴史の相違を強調することにこだわってきた者たちにより近いと感じている」と、最後に告げている。

…わたしたちは批判的距離を可能にしてくれる、遠く離れたところからの眼差しに訴えなければならなかった。疑いなく、この態度は記憶から養分を摂取している。しかし、記憶とは別の方向に向かうのである。
(第四試論「祖国はきみを必要としている」)




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