みすず書房

「終章 領土問題が固定化するなかで」

濱田武士・佐々木貴文『漁業と国境』

2020.01.27

国境水域には各国の覇権争いが表出する。日本漁業は弱体化し、近海は外国漁船に取り囲まれている。漁民に残されたアプローチとは。

「終章 領土問題が固定化するなかで」より

濱田武士

国境水域の問題は領土外交で決着がつけばほぼ解決されるのだが、残念ながら、日本をとりまく領土問題はほぼ固定化されてしまっている。そこで、出てくるのが漁民の存在であり、領土外交とは別ステージで行われる、彼らのために行う漁業外交である。

従来、隣国との漁業交渉による協定内容はどうなってきたのか。簡潔に述べると、両国が領土を主張していても両国の主権が侵害されないような漁業協定が結ばれたのである。領土問題に触れないで両国が妥協できる落とし所が探られた結果である。あくまで領土問題解決までの暫定的措置ではあるが、領土問題が解決されないかぎり、それは恒久的措置といえる。

漁業外交では、どの国も漁業権益を少しでも高めたい。それゆえに実務者レベルの漁業外交の摺り合わせは、両国の最大公約数をとる方向で決められていく。どちらの国も欲しい権益のすべてを得ることはできない。(略)そのことから、漁業協定の締結によって国のなかに相対的に利する漁民と犠牲を被る漁民が出てくる。

例えば、新「日韓漁業協定」締結によって、日本は北海道周辺水域から韓国のトロール漁船を閉め出すことができ、北太平洋で韓国サンマ漁船が使える漁場も限定できた。それにより北海道と東北の漁民は韓国漁船とのトラブルや脅威に晒されることはなくなったが、山陰・北陸沖には日本側に食い込む北部暫定措置水域とEEZが設定され、韓国漁船との紛争が収まらない水域が形成された。 山陰・北陸でもEEZの設定によって韓国漁船から守られた漁場があることも踏まえると、かかる地域や漁業種の明暗が分かれる結果となった。(略)

経済大国化した日本は経済協力で漁業権益を確保してきた。韓国との国交回復と「日韓漁業協定」の締結は韓国漁業への経済協力が一つの決め手となったし、「日ソ漁業協力協定」や四島水域の協定も経済協力があっての協定である。少なくとも日本政府は90年代までは「経済」を盾にして漁場を確保できた。

しかし、もはやその力は日本には残されていない。デフレ脱却が図れず、2010年にはGDPが中国に抜かれた。韓国とロシアの経済も発展している。それゆえ、かつてのような相手の足下を見ながら経済協力や経済支援で漁場を確保するという手段は通じなくなっている。それどころか今日の経済状況では、縮小再編を続けてきた漁業に対して漁場拡大のための財政支援を行うことはむずかしいだろう。

あとは、日本が自らの力で限られた自国のEEZを守ることと、「暫定水域」を協定に記された真の「共同管理水域」にできるかどうかである。日韓、日中の暫定水域はすでに漁場が占有されてしまっているし、二国共同で取り組むべき資源管理がまったくできていない。韓国政府に至っては暫定措置水域内の政府間交渉をまったく受けつけない。だが可能性はゼロではない。

韓国、台湾の漁民から筆者が聞くのは、「領土問題は政治の世界の話。われわれには関係ない。われわれは安心して操業ができればよいだけ」ということである。日本の漁民は隣国の漁民の勢いに負けて、ただただ漁場を奪われていると思っているが、隣国漁民からすれば自国の漁船で漁場を占拠しないと安心して操業ができないということである。裏を返せば、「国境を越えた関係でも、安心して操業ができる状態ができればよい」ということになる。絵空事と思われるだろうが、この状況をどうやってつくっていくのかが「問題水域」に残された最後のアプローチである。

隣国の漁民は「漁ができるかどうか」が最大の関心事であった。隙があれば国境を越えて操業する。魚を追っていると国境なんて気にしていられないということである。筆者は「国家との距離感」も含めて、日本の漁民と何らかわらないという印象をもった。

国境水域については、問題の捉え方を「国家」ではなく「漁民」という視点から組み立て直す必要がある。政府間で解決できるのならそれに越したことはないが、それが期待できない現実では、そこに委ねるしかない。日韓で行われているような民間交流や当事者間協議のやり方だけでは足りない。国境水域に生きる漁民として、国家を超えて理解しあえるかどうかが、問われている。

政府間の協議が進んで共同管理ができないかぎり、残念ながらこれが唯一「漁民」に残された未来への抜け道である。ただ、隣国では漁船員の国際化が日本より早く進み、「漁民」という主体が変わりつつあるなかで、現実的には無理かとの懸念が大いにあるけれども。

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