みすず書房

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『ルジャンドルとの対話』

ピエール・ルジャンドル  聞き手 フィリップ・プティ 森元庸介訳

ピエール・ルジャンドルとは何者か? 2003年秋に日本を訪れた人物に接しながら、多くの人はこう自らに問いかけたことだろう。東京外国語大学によって招かれ、西谷修氏によって精力的な紹介がおこなわれようとしていた孤高の思想家は、映画作品の上映と強い印象を残す講演をおこなった。その記録は『西洋が西洋について見ないでいること』(以文社)として1年後に刊行されている。
その本の序文は、「あまり旅をしない人間にはひとつの特権があって、わたしもまたそれにあずかっている」という言葉で始まっているが、そういう彼こそ、異文化に向かうときには違った文化的背景をしっかり考え抜いて旅に出る古典的な「旅人」である。そしてルジャンドルが長きにわたって研究し言及してきたのは「西洋とは何か」という問題である。

ラジオ番組のために収録された『ルジャンドルとの対話』が早くも日本語で読めるようになった。メディアでの発言が少ない彼は、フランスでも「分類不可能な思想家」と呼ばれたり、外国のほうが理解者が多いと言われたりする。一般に向けて、これほど長く、また個人史にまで立ち入って語った機会はこれが初めてである。本書は、日本人にとっても格好の人物と思想への入門書になるはずだ。
ノルマンディー地方での子供時代の思い出(そこから引き出される社会カースト論!)、中学校の図書館でめぐりあった『グラティアヌス教令集』(中世の学僧によるラテン語で書かれたテクスト!)、大学教師をやめてアフリカに渡ったこと(経済状況を調査して企業に提供するコンサルタント!)……「講義」としてのちに続々と刊行されるユニークな著作の前史はまことに興味深い。
こうした経験のすべてが、今日の世界を見つめるルジャンドルの精神を形成した。法律の専門家にしか関心をもたれていない重大な変化を彼は鋭く批判する。「2006年2月、スペインでは、新しい戸籍法案が可決され、父は「親A」、母は「親B」と呼ばれることになりました。わたしたちは、スターリンの時代に「価値の修正」と呼ばれたものの渦中にいるわけです。そして、価値の修正は、言語、つまり〈理性〉原理に攻撃をかけます。……最近になって、ケベック(カナダ)民法539条は次のように定めました。女性同士のカップルの一方が子を生んだ場合、父が有する諸権利は子を生まなかった母に譲渡される、と。子を生んだ母、それから、父でもある母がいる、ということでしょうか。」
「理性を失った民主主義の名のもとで、わたしたちは西洋以外の世界を改宗させてゆくのだろうか」とルジャンドルは考え込む。進歩的といわれる知識人の傲慢にねばりづよく抵抗する。この本を読み終えてから、ふたたび「ルジャンドルとは誰か」と問うとき、世界の見方がいくぶん変わっていることに気付かれることと思う。




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