みすず書房

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メルツァー/ウィリアムズ『精神分析と美』

細澤仁監訳 上田勝久・西坂恵理子・関真粧美訳

「分析家というのは観察者であり、そして分析患者について何某か新たに発見する事柄があるとしたら、それは観察に基づくものであって、彼(彼女)が語る生育歴とか既存の理論体系に基づくものでは決してありません」
――1998年、C・M・スミスとの対話より(『入門 メルツァーの精神分析論考』岩崎学術出版社)

『精神分析と美』の著者ドナルド・メルツァー(1923‐2003)は、第一次世界大戦後の米国にてユダヤ系の両親の三男として誕生した。彼はエール大学等で医学を学び、児童精神科医として自我心理学派のトレーニングを積んだ。その後、メラニー・クラインの著作に強く魅了された彼は、クラインの分析を求めて1954年に渡英した。この分析は1960年のクラインの死によって中断を余儀なくされた。メルツァーのトレーニング歴は華々しいものであり、ローゼンフェルド、ハンナ・シーガル、ベティ・ジョセフ、エスター・ビックなど、錚々たるメンバーからスーパーヴィジョンを受け、モネ・カイルやウィルフレッド・ビオンとも親交を深めていった。彼らとの理論や臨床をめぐる対話はメルツァーの創造性を肉付けし、形にしていくことに寄与した。こうした恵まれた環境の中で、彼は成人、子ども問わずに幅広い臨床活動を展開していった。

このようにメルツァーはポストクライン派の代表的一角を担う一方で、エイドリアン・ストークスが1954年に創設した「イマーゴ」というグループにも所属していた。そこでは精神分析をはじめ、美学や芸術、哲学、宗教を素材に豊かな議論が繰り広げられていたようである。会はヴィトゲンシュタイン研究家として著名な哲学者ウィズダムや美術史家エルンスト・ゴンブリッチなど、多くの哲学者や美学者によって構成され、その中にはビオンやモネ・カイル、マリオン・ミルナーも名を連ねていた。精神分析をひとつのアートと評したメルツァーの基盤は紛れもなくここにあったのだろう。

本書は、フロイト、メラニー・クライン、ウィルフレッド・ビオンの流れをくむメルツァーによる美をめぐる壮大な試論である。メルツァーはまるで芸術が生まれる過程を観察するように、精神分析の過程でも患者を見つめていたのであろう。そんなメルツァーの佇まいを想像させる一冊である。




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