みすず書房

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『現象としての人間』

テイヤール・ド・シャルダン 美田稔訳 [新版]

(邦訳初版は1964年、のち69年に同訳者による改訳をへた『テイヤール・ド・シャルダン著作集』第1巻『現象としての人間』、そして1985年には著作集から独立した単行本として版を改めながら永く読みつがれてきた思想史の名著が、訳者によるテイヤールの短い評伝と著作目録などの資料を付して、新版としてよみがえります。この間、復刊のご要望の声も多数お寄せいただき、ありがとうございました。)

シラク大統領とテイヤールと環境憲章

「人類、地球の精神、個人と民族の統合、全体を構成する個々の分子と全体との、〈一〉と〈多〉との、一見して矛盾のようでありながら実際には真実な調和――これらはユートピア的といわれるかもしれないが、生物学的には必然的なものである。これらが世界のなかで具体的な形をとるには、われわれの愛の能力が人類と地球の全体を包摂するにいたるまで広がりうると考えるだけで十分ではないか。」
(テイヤール・ド・シャルダン『現象としての人間』新版)
「彼は人間と自然の調和の取れた関係の上に基礎をおいて、進化についての新たな哲学をつくり上げ、全地球的な連帯の倫理を改めて検討しました。
フランスは環境に関する憲章を憲法のなかに定めた最初の国として、国際的な場における努力と同時に、連帯の価値と環境への責任を社会的な協約の中心にすえました。そうすることによってフランスはピエール・テイヤール・ド・シャルダンの直観と結びついているのです。」
(「ピエール・テイヤール・ド・シャルダン、没後50年シンポジウム出席者へのフランス大統領ジャック・シラク氏のメッセージ」山口深雪訳)
「フランス人民は、……環境保全は、国民が有する他の基本利益と同様に追求されなければならないということ、……次のことを宣言する。」
(「環境憲章」江原勝行訳)

ジャック・シラク前フランス大統領は、再選をめざした2002年大統領選挙において、憲法前文の改正および環境憲章の制定を課題として掲げた。再選後、紆余曲折の末、2005年3月1日に成立した改正憲法前文において、1789年の人権宣言による権利と並んで、環境に対する権利を定めることを明記する。その直後2005年4月7日に、ニューヨークの国連本部において開催された「ピエール・テイヤール・ド・シャルダン、没後50年シンポジウム」において、シラク大統領は、環境に関する憲章の精神が、同じフランス人であったテイヤールの思想に通じていることをメッセージとして送った。

フランスにおいて、人文科学、社会科学、自然科学と、さまざまな分野における研究が、現在でも積み重ねられている思想家テイヤール。このたび、そのテイヤールの主著『現象としての人間』を、訳者・美田稔による「テイヤールの生涯と仕事」と「テイヤールの著作と参考文献」を加えて、新版としてお届けする。

昨年2010年に邦訳が出版された、アミール・D・アクゼル『神父と頭蓋骨――北京原人を発見した「異端者」と進化論の発展』(林大訳、早川書房)が詳細に描くように、イエズス会の司祭であると同時に、北京原人の発見に関わった科学者、そして中国、中央アジア、ヒマラヤ山地の調査に加わった探検家でもあったテイヤールは、その進化論擁護を含む思想により、生前、イエズス会から著作の出版を認められなかった。だが、その著作に息づいている思想は、テイヤール自身の人生を象徴するものであった。まさに、科学と宗教をめぐる葛藤が、人類と神の存在を宇宙にさぐる深遠な思想の構想に力を与えたものと考えられる。ゆえに、環境問題の根幹にある人間と自然との関係を考察するうえでも、『現象としての人間』は、いまだに生きた思想として示唆に富むであろう。




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