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G・ティヨン『イトコたちの共和国』
地中海社会の親族関係と女性の抑圧 宮治美江子訳
女性差別か、信仰の自由か。「ヴェール問題」は従来、イスラームと市民社会の葛藤という文脈から論じられてきた。しかし、ヴェールに象徴される女性隔離の根っこは、イスラームではなく、ヨーロッパも含む地中海世界にある。しかも、分離の規則を決めるのは宗教ではなく、親族構造である。そう『イトコたちの共和国』は論じて、民族学に衝撃を与えた。
「イトコたちの共和国」と名付けられた地中海社会の特徴とは、近親婚も回避しないほどの内婚制への志向である。本書ではこの「共和国」の謎が、豊富なフィールド経験をもとに解き明かされていく。
内婚制では純血が高貴さにつながるため、処女性が過度に重視される。規則を破った娘には残酷な罰が待ちうけている。こうして父や兄による娘の殺人が正当化されてしまうのだ。イスラーム、キリスト教を問わず復讐の制度は執拗に残り、たとえばコルシカでは兄による妹の殺人が、20世紀半ばまで頻繁に見られたという。
イスラームと内婚制の関係も論じられる。イスラームは7世紀当時革新的にも、女性に財産相続を認めた。しかし、マグリブでは土地の分散を防ぐために内婚を続け、女性を相続から外した。一方、イスラームに則り女性の相続を認める所では、よそ者が娘を通して土地を相続し、部族の解体が起こる。部族は内婚制を守るために、よそ者の目から娘をヴェールで隠そうとするようになるのである。
このように、共同体における女性の位置は、社会の境界線そのものである。著者ティヨンは、文化が遅れているか進んでいるか、イスラームかヨーロッパかなどの二元論に曇らされることなく地中海社会のシステムをあぶり出し、女性差別という「最後の植民地」をつきとめる。
モースに学び、レジスタンス活動に参加、100歳で亡くなった後も尊敬を集め続けるフランスの民族学者ティヨンの代表作。ヴェール問題を考えるとき、いつでも立ち返るべき古典的名著である。
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(1940年、オーレスにて)
