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川端康雄『葉蘭をめぐる冒険』
イギリス文化・文学論
ベデカー(Baedeker)をご存じだろうか? そう問う本人も知らずにいたのだが、元祖「地球の歩き方」、いや正確には「元祖」とは言いかねるものの、19世紀末のヨーロッパにおいてもっとも流布していた旅行ガイドブック(とその版元)のことである。
1993年に小社より刊行されたE・M・フォースター著作集第2巻『眺めのいい部屋』(北條文緒訳)は、第1部第2章のタイトルを「ガイドブックなしでサンタ・クローチェへ」と訳出している。じつは原書のタイトルは「In Santa Croce with no Baedeker」。本文中でも「Baedeker」は何度か登場していて、邦訳ではそのほとんどがただたんに「ガイドブック」となっている。
もちろん、固有名を一般名詞に置き換えるのはままある意訳で、ことさら異を立てることもないのだが、ここにややこしい事実が判明する。小説の初期草稿で主人公ルーシー・ハニーチャーチが携えていたのはベデカーでなく別のガイドブック、すなわちオクスフォード大学スレイド美術講座教授ジョン・ラスキン著『フィレンツェの朝』だったのである。
はたしてベデカーとは何だったのか? 『フィレンツェの朝』とはいかなる書物なのか? 初期草稿で『フィレンツェの朝』だったのが、完成稿ではなぜ『ベデカー』となったのか? そしてフォースターにとってラスキンという存在は?
「〈共通文化の考古学〉を文学テクストの解釈に導入する試み」――ここから著者・川端康雄さんの「ベデカーをめぐる冒険」が始まる。著者あとがきにいわく、「本書を書く過程で調べながら発見できたことも多々あり、その点で私自身楽しみながら書くことができた。読者にもその楽しみを共有していただけたら幸甚である」。
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