みすず書房

トピックス

双極性障害とそのバイオミソロジー

バイオバブルが人々を治療に駆り立てる時代

  • デイヴィッド・ヒーリー
  • [聞き手]クリストファー・レーン
  • (坂本響子訳)

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それと同じように、アボット社や、その他ジプレキサ〔抗精神病薬〕を双極性障害の薬として売り出したイーライリリー社のような製薬会社が、躁うつ病をつくり変えたのです。双極性障害という用語は1980年代からありましたが、90年代半ばまでは躁うつ病という用語のほうがまだ一般に使われていました。90年代半ばになると躁うつ病は姿を消し、双極性障害が取って代わったのです。最近ではタイトルに双極性障害という語を含む論文は、年間500編以上になりました。

イーライリリー社がインターネット上のジプレキサ関連資料にあるドナという女性を売り込んだやり方をごらんになれば、何が起きているのかわかります。「ドナは30代半ばのシングルマザーで、地味な身なりをしてどこか落ち着かなげにあなたの診察室へ通ってきます。主訴は「このところ、ひどく不安でいらいらするんです」とのこと。このごろは眠ってばかりで、仕事や家のことにも集中できないと言います。しかし、数回前の受診のときには多弁で高揚しており、ほとんど眠る必要がないと言っていたのです。これまでドナには抗うつ薬をはじめさまざまな薬物で治療を行なってきましたが、いずれもほとんど効果がありませんでした。……ジプレキサならば、ドナにも安全だと断言できますし、つらい症状を緩和するのに役立つことでしょう」。

1960年代から80年代にかけてなら、ドナは精神安定剤の広告に出たかもしれないし、90年代なら抗うつ薬の広告に出たかもしれません。おそらく、どちらの治療薬グループにも抗精神病薬よりは反応した可能性が高いですし、抗精神病薬よりは害も少ないと思われます。製薬会社のマーケティング担当者がとりわけ得意としているのが、人々のありふれた症状──ほとんど誰にもある症状を、本日のおすすめ薬の処方につながるよう、切り取ってみせることです。ドナのような患者さんの状態を双極性障害と見なすのは、100年にわたって積み上げられた精神医学的判断とはまったく相容れません。しかし、以前はものを言っていた精神医学的判断が、いまではもう価値をもたないのです。

── 1996~2001年の間に、就学前や思春期前の子どもたちに投与される抗精神病薬(ジプレキサ、リスパダール、エビリファイ、セロクエルなど)の使用量が5倍に増えている、と述べておられますね。それに関して、いまだに議論の的である双極Ⅱ型障害というカテゴリーを採用したDSM-Ⅳは、どんな役割を果たしたのでしょうか?

「子どもの双極性障害」という概念は、ドナを双極性と呼ぶこと以上に、精神医学のこれまでの常識とは相容れないものです。米国では2008年の時点で、100万人以上もの子どもたちが──その多くは就学前の子どもですが──双極性障害の治療のために、「気分安定薬」を服用しています。この病気は、米国以外の国ではいまだ異論があるにもかかわらず、です。

このような転換に際してDSM-Ⅳがどれほどの役割を果たしたのか、私にはよくわかりません。製薬会社はたとえ双極Ⅱ型障害がDSM-Ⅳに採用されなかったとしても、何らかの方法でそういう転換を図っただろうと思います。

──では、こういう変化が起きたのは、当時抗精神病薬が依然として主要な収入源だったのに対し、抗うつ薬のSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の特許のほうは期限切れになったことと、どの程度関係がありますか?

私は、じつはそれこそが事の核心だったと思います。抗うつ薬は特許の期限切れを迎えることになっていましたが、一方、抗けいれん薬はもっと古い薬だったので、同じ適応で特許を取り直すことができましたし、抗精神病薬は──気分安定薬として売り出すことが可能だった(そして実際に売り出した)わけですが──その特許生命はまだまだ先が長かったのです。

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