みすず書房

トピックス

双極性障害とそのバイオミソロジー

バイオバブルが人々を治療に駆り立てる時代

  • デイヴィッド・ヒーリー
  • [聞き手]クリストファー・レーン
  • (坂本響子訳)

[4]

それに関連して指摘しておきたいのですが、この転換が起きた理由は、製薬会社がもっと有効な新しい抗うつ薬をつくれなかったからだということです。もしそういう薬がつくられていたら、製薬会社はおそらくうつ病モデルを手放さず、双極性障害への転換は図らなかったでしょう。

いま米国で起きていることについては、製薬会社がいかに巧妙に医師を利用したかに注目すべきだと思います。医師は患者さんの力になりたかった。治療薬は処方でしか入手できないので、医師は薬を出すことが最善と考えがちです。以前ならば、薬物治療の有効性についてはるかに懐疑的だったのですが。

製薬会社は、学者たちが治療薬の絶好のスポークスマンとなる状況をつくりだしました。我々医師はすみのほうの席にいる製薬会社の営業担当者の存在に気づきながらも、自分がその魔力に屈するはずはないと思っているのです(一方で、さまざまな接待をつい断れないのですが)。しかし、治療薬を売るのは学者たちです。製薬会社のマーケティングの影響など受けないと思っている医師たちも、精神医学の研究者の声には耳を傾けます。子どもへの抗うつ薬や抗精神病薬投与のケースについて言えば、こういう学者たちが対照試験から得たデータを取り上げてきたのであり、そうすることによって知ってか知らずにか製薬会社のマーケティング部門のスポークスマンとなってきたのです。

──あなたのお考えでは、2004年にFDA(米国食品医薬品局)がSSRIを小児に投与することに対して警告文を付けると決定したために、承認適応症外処方が増加し、さらには子どもに投与するなら抗精神病薬のほうが安全だという仮定のもとに、抗精神病薬へと向かう動きが生まれたということですか?

これは、うつ病から双極性障害への転換にはたいして影響しなかったと思います。しかしきわめて印象深いのは、子どもが抗うつ薬を服用中に自殺願望にかられたとしてもそれは薬のせいではないと主張するごく少数の双極学者たち(bipolar-ologists)の見解を、製薬会社がいかにすばやく利用できたかということです。双極学者たちは、こう言うのです。問題は診断の間違いから起こるのであり、診断を正しくしてその子に気分安定薬を飲ませれば問題は起こらないはずだ、と。こういう見解を裏付ける証拠はまったくないのですが、製薬会社のサポートがどれだけこうした考え方への追い風となりうるのかがわかって、興味深かったですね。

興味深いといえばもうひとつ、こういう考え方について、人がどれほど妄想的になれるかという点です。健康な治験協力者でさえ抗うつ薬服用後に自殺願望に陥ったという事例を突きつけられても、熱心な双極学者たちはためらいもなく言ってのけるのです。これは、そういう健康な人たちも潜在的に双極性であることを示しているのだと。

こうなるとたいていの人は、「潜在的双極性」という概念が、言わばかつてのフロイト派にとっての潜在的同性愛と少々似た役割をしているとわかるのではないでしょうか。また、「潜在的双極性」などありえないことも理解できるはずです。製薬会社が果たした役割とは、双極性障害についてごく最近まで明らかに少数意見でしかなかった見解を唱える人たちに、メガホンを手渡すことでした。

【D・ヒーリーの好評既刊】


【D・ヒーリーの好評既刊】
◆双極性障害の時代
――マニーからバイポーラーヘ
江口重幸監訳 坂本響子訳
最近診断の急増している「双極性障害」とは何か。気分安定薬の売り込みが新たな医学的虚構を生みだした事実を、「躁病」の研究史の徹底的な見直しによってあぶりだす。『抗うつ薬の功罪』に続く渾身の告発であり、第一級の医学史研究。(4200円)