みすず書房

トピックス

双極性障害とそのバイオミソロジー

バイオバブルが人々を治療に駆り立てる時代

  • デイヴィッド・ヒーリー
  • [聞き手]クリストファー・レーン
  • (坂本響子訳)

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──ほんとうのところ、抗精神病薬は抗うつ薬よりも安全なんですか?

いいえ。抗精神病薬は抗うつ薬と同じように危険です。抗精神病薬の発売前には、統合失調症の自殺率はきわめて低く──この疾患ではない人たちとの差がほとんどないくらいでした。ところが抗精神病薬の発売以後、自殺率は10~20倍にはね上がったのです。

抗うつ薬がアカシジア(静座不能症状)と関係づけられるずっと前から、抗精神病薬は問題を起こすことが広く知られていました。また、抗精神病薬が誘発するアカシジアは、患者の自殺や暴力を招く恐れがあることも広く認められていました。

さらに、抗精神病薬は身体的依存も引き起こします。なかでもジプレキサは、服用者が身体的に依存するようになる可能性がいちばん高いのです。ジプレキサは双極性障害の維持療法としても認可されていますが、認可の根拠となったデータは私の知るかぎり、むしろこの薬が身体的依存を引き起こすこと、それに服用をやめたときに問題が起こることを示す何よりの証拠です。

もちろん、そのほかにもこういう薬はさまざまな神経学的な症候群や糖尿病、心血管の問題などを起こすことが知られています。このような問題──とりわけ肥満や糖尿病になっていく子どもたちの問題を目のあたりにしながら、そのことに気がつかない臨床医たちがいるというのは、ほんとうに理解しがたいことです。

しかし、明白な証拠を突きつけられてもなお、イーライリリー社の声に耳を傾けようとする一派があるのです。「いやいや、ジプレキサには何の問題もない。精神病こそが糖尿病の原因なのだ──ヘンリー・モーズレー(英国の精神科医。1835~1918)も130年前に気づいていたじゃないか」という声に。実をいうとヘンリー・モーズレーは患者が大嫌いで、ごくわずかな人数の患者しか診ていません。しかも糖尿病はまれな時代です。私たちは最近、モーズレーの全職業生活に時期的に重なる1875年から1924年までの期間について、北ウェールズ病院の入院例を調べてみました。すると、重度の精神病で入院した約1200例のうち、糖尿病にかかっていた例はひとつもなく、糖尿病に進んだ例もゼロでした。

私たちはさらに、この北ウェールズの精神病院の入院例を1994年から2007年までの期間について、調べました。その結果、初回入院例400以上のうち、2型糖尿病にかかっていた例はひとつもなかったのですが、グループ全体としては糖尿病に進んだ率が全国罹患率の2倍でした。

これ自体は驚くに当たりません。驚くべきは、イーライリリー社の言うことはもともとうさん臭かったのに、それを精神医学界全体がうのみにしてしまったことです。私たちはこれに関する論文を出すのに、さんざん苦労しました──ある学術雑誌は査読すら拒んだのですから。

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