みすず書房

トピックス

双極性障害とそのバイオミソロジー

バイオバブルが人々を治療に駆り立てる時代

  • デイヴィッド・ヒーリー
  • [聞き手]クリストファー・レーン
  • (坂本響子訳)

[7]

──あなたは実際に患者さんたちを治療しておられます。患者さんたちには、こういう障害について、また治療の選択肢について、何とおっしゃっているのですか?

臨床医や科学者、患者さんの多くは、ポストモダニズムという言葉を耳にしています。製薬会社が私のような者を批判して、「ああいう人の言うことには耳を貸さなくてよろしい、あれはただのポストモダニストだから」と言うのを聞いたことがあるかもしれません。その言わんとするところは、ポストモダニズムとはそれ自体がほとんど精神障害であって、その世界では、私のような学者が人間の営みには実在性があることを一切認めようとしない──あるいは人間の行動障害には身体的な下地があることを一切認めようとしない、ということです。そのストーリーでいくと、ポストモダニストとは対照的に、製薬会社内であるいは社外で連携して働くハードサイエンティストたちがいて、事実と確かなデータのみを扱っている。その証拠に、役に立つ新薬を市場に出しているではないか、ということになります。

まあ、私に言わせれば、先ほどのドナの話からもわかるように、じつは製薬会社のマーケティング部門こそが極めつけのポストモダニストですけどね。あの人たちは、人間の身体を(その障害や彼らの訴える症状も含めて)単なるテクストとして扱い、今年と1年後、2年後とではまったく正反対の解釈をしてみせるのですから。

その一方で、ことこういう薬の有害性に関するかぎり、製薬会社のモットーは──かつてのタバコ会社と同じように──「疑いこそ我々の商品(doubt is our product)」〔(タバコは健康に有害であるという)大衆の常識に対抗するには、(その因果関係に)疑いを抱かせることが最良の手段である、という1969年のタバコ会社重役の言葉〕になってしまいました。彼らは、自社の薬が何らかの有害性と少しでも関係しているとは、絶対に認めません……その薬が特許期限切れになるまでは。「疑いこそ我々の商品」という言葉ほど、ポストモダニズムの良い定義はありませんよ。

そこで、どちらの治療が優れているかという問題になりますが……私は胸を張って、自分の患者さんたちがおしなべて、最新のガイドラインにしがみつく医師から受ける治療よりも効果的で安全な治療を受けられると思っています。ただ困ったことに、私の場合はいったんすべって転ぶと大事になってしまいますが、あちらは非道なことをしても誰ひとり報いを受けずにすむかもしれません。

(月刊『みすず』2013年3月号掲載)

[編集部注]

本稿はウェブ雑誌Psychology Today http://www.psychologytoday.comにおけるクリストファー・レーンによる連載「副作用──希少例から重篤例まで、心理学と精神医学における動向(Side Effects: From quirky to serious, trends in psychology and psychiatry)」)の一環として掲載された、デイヴィッド・ヒーリーへのインタビューの全訳である(元記事の掲載は、2009年4月16日)。

聞き手のクリストファー・レーン(Christopher Lane, Ph.D.)はノースウェスタン大学教授。『乱造される心の病』(寺西のぶ子訳、河出書房新社、2009)として邦訳されている、Shyness: How Normal Behavior Became a Sickness (Yale, 2007; 2008; 2011)などの著作があり、同書はフランスでPrescrire Prize for Medical Writingを受賞している。

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