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2013.06.10トピックス

ジリアン・ネイラー『アーツ・アンド・クラフツ運動』

川端康雄・菅靖子訳

原著は1971年に初版がStudio Vistaより、1990年に第2版がTrefoil Publicationsより刊行された。本書は後者の邦訳である(ちなみにアメリカ版はMIT Pressより1985年に出ている)。「アーツ・アンド・クラフツ」文献のなかでも草分け的存在といえるが、類書がその後多く刊行されるなかでの古びなさ、その「独自の価値」について、「訳者あとがき」は端的にこう指摘している。

  • 「(1)1880年代に開花するアーツ・アンド・クラフツ運動の前史の記述――一方で、ピュージン、ラスキン、モリスらの社会批評(および社会改良の提言)を伴う芸術・デザイン思想、他方でヘンリー・コールらによる国力増強の一手段としてのイギリス政府主導のデザイン振興政策の歩みを並列的に見つつ、後者への拒否の身ぶりがアーツ・アンド・クラフツ運動を活気づけながらも、インダストリアル・デザインへの接続という点で限界を設けることになったいきさつが描かれていること。
  • (2)アーツ・アンド・クラフツ展覧会協会、センチュリー・ギルド、アート・ワーカーズ・ギルド、ギルド・オヴ・ハンディクラフトといった工芸団体の実践が時代のコンテクストのなかに置いて生き生きと記述されていること。
  • (3)1880年代以降、アーツ・アンド・クラフツ運動がヨーロッパ大陸および合衆国に伝播し、それぞれの場所で独自の展開を遂げた次第が詳細に描かれていること。
  • (4)最後に20世紀前半の北欧デザインの発展を記述し、アーツ・アンド・クラフツ運動の抱えていた矛盾のかなりの部分が北欧諸国での実践によって解消され、豊かな成果を上げた点が強調されていること」

資本主義先端国のイギリスにおいて粗悪品が大量生産される事態を官主導(博覧会の開催、デザイン学校の設立など)で改善していこうとする動きがあるなかで、「人間そのものの分割」を強いる機械生産でなく、労働の喜びをもたらすギルド的組織形態の模索も試みられた。方向性はまったく異なるものの、「グッドデザイン」を求めることは変わらない。むしろその鋭い対立のなかでこそ実用品のあるべき形が研ぎ澄まされていったといえるだろう。そしてそのような「前史」を背景にアーツ・アンド・クラフツ運動が勃興したのである。

運動の名の由来は「アーツ・アンド・クラフツ展覧会協会」にあり、1886年設立時のメンバーにウォルター・クレイン、W・A・S・ベンソン、ウィリアム・ド・モーガン、ルイス・F・デイ、ウィリアム・レサビーなどがいる。いずれも真正のラスキン主義者かモリス主義者である。意外にも先達のモリスそのひとは協会設立に消極的だったというが、1888年に第1回の展覧会が開催されるやたちまち国内外で評判を得るにいたった。

世紀をまたぐ7年間、ムテジウスは「イギリス建築の発展を報告する任務を与えられて」ロンドンに滞在していた。1900年開催の「ウィーン分離派」展で主役となったのはふたりのチャールズ、アシュビーとマッキントッシュである(しかも後者は本国ではあくまで傍流でしかなかった)。そして20世紀に入って10年近く経過してもなお、アドルフ・ロースは「イギリス人はますます豊かに、われわれはといえばますます貧しくなってゆく」と嘆いていた(「装飾と犯罪」)。

プレモダニズム期に世界の頂点に達したイギリス・デザイン。しかし、モダニズムにおいては中心的役割を果たしたわけではない。むろん、このことについても本書は見解を示しているが、この種の連続と非連続についての問題は「ペヴスナー風の歴史決定論とはちがう方向に議論」を進めるべきではないか、と著者は再版のさいに記した。その問いは、なお開かれたままである。




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