みすず書房

R・M・サポルスキー『サルなりに思い出す事など』

神経科学者がヒヒと暮らした奇天烈な日々 大沢章子訳

2014.05.26

とにかく笑える! でもじつは、生真面目な人の神経を逆なでしたり、はらはらさせたりするたくらみも随所に仕組まれている。5月刊行の、ロバート・サポルスキー『サルなりに思い出す事など』のことである。

著者はストレスが神経に及ぼす影響を研究しているアメリカの神経科学者で、研究のために20年以上にわたりヒヒの一群を観察した、ケニアでのフィールドワークの歳月をこの本でおもしろ可笑しく語っているのだが、まず冒頭で、観察対象のヒヒたちに「アブサロム」「ギデオン」などと旧約聖書に由来する名前をつけているのからして傑作。これは国民の4分の1が進化論を信じていないというアメリカでこそブラックユーモアとして炸裂する仕掛けだけれど、ユダヤ教にもキリスト教原理主義にも縁の薄い私のような日本人が読んでも、このいたずらが随所でジャブのように効いてきて、どうしても笑いのスイッチが入りやすくなってしまう。

著者がヒヒたちを思い切って擬人化して描いているのも、四角四面な見方をすれば、えらく挑発的な所業ということになるらしい(動物を擬人化して見ることをタブー視する昨今の生物学の“政治的公正”に照らして)。擬人化しているというのは、たとえば下のような描写である。

「わたしはその午前中の大半を、気の毒なヨナタンの行動観察に費やした。ヨナタンは気弱なヒヒで、哀れにもレベッカへの報われない恋に身を焦がしていた。ヨナタンのおかげで、わたしまで鬱々とした嫌な気分になっていた。朝からずっと、無意味にレベッカの後をついて歩く姿ばかり記録している気がしてきたからだ。たとえばレベッカが友人たちと交替で毛繕いをはじめると、ヨナタンはわざわざ少し離れた場所に座る。食べられる花や根っこを探しながら歩いているレベッカを見つけると、かっきり三メートルの距離を保ちながら興奮した様子で後をつけ、自分は食べるのも忘れている。レベッカが体格のいい大人のオスに駆け寄ってお尻を見せたときには、ヨナタンはその場に座りこみ、自分の膝や足首の毛を狂おしげに引き抜いていた。そしてついに、レベッカがひとりになって腰を下ろした。チャンス到来、とばかりにヨナタンがすばやくそばに近づくと……レベッカはヨナタンをちらりとも見ずに走り去ったのだ。

「近くに座らせてやってくれよ、とわたしは苛ついた。ほんの少しでいいからあいつと話してみてくれ。ソーダでも飲みにいってやれよ。あの男を卒業式のダンスパーティのお相手に選ぶのも悪くはないぞ。わたしは彼女に腹を立てていた。見てみろよ、かわいそうなあの男は、君に毛繕いをしてくれなんて言ってやしない。毛繕いをさせてくれと頼んでいるんだ。少し毛繕いさせてやったって死ぬわけじゃないだろう? お願いだ、レベッカ。そしたらあいつは大喜びするぜ。この問題の核心に、わたしのことを毛繕いしてくれる誰かをわたしが死ぬほど欲しがっていたという事実があることは疑いようもなかった。読者ならわかってくれることと思うが。」

こういう書き方について、著者自身はアメリカの文芸批評サイトSalon.comのインタビューで、こんなふうに語っている。

「私が一般向けの本を書くときに、たとえばヒヒについて、えらく擬人化して描写しているということで同分野の学者から非難されるかというと、あからさまにハメをはずして擬人化している部分については、そんなふうに受け取られるのはむしろこちらの望むところだよ。しかし、それどころかもっとユーモアに乏しい同僚もいるから愕然とさせられるよね──わざと露骨に擬人化していること自体を読み取れない向きもあったから。でもこの問題について、もっと広い観点から答えるとすれば、私がしているのは“擬人化”ではないんだ。他の生物種の行動に人間と似た部分があるのには何らかの理由があって、それを知ることは動物の行動研究の興味の一つでもある。その観点からすれば、人間の価値観を動物に投影しているとは言わずに、ヒヒと人間に共通する特徴を“霊長類化” (primatizing)していると言いたいな」

“政治的に不公正”と指さされるリスクの回避にみんなで汲々としている世の風潮への皮肉も込めた、クールな切り返し、ですよね。小さい頃に「大きくなったらマウンテンゴリラになる」と思っていたのがそのまま大きくなって霊長類研究の専門家になったと聞くと、どんなに純粋で素朴でで一途な人物かと思いきや、著者はこんなふうに切れる頭で言うことがいちいち皮肉になってしまうひねくれ者なのである。それでいてこの人はやっぱり、ヒヒたちや東アフリカの国で出会った異文化の人々と愛憎入り混じる本物のコミットメントを結んで暮らせるだけの、一面の純朴さとか、情の深さとか、一途さも人並みではないものを持っている。上に引用したSalon.comのインタビューのライターは、「霊長類学界のマーク・トウェイン」と評しているけれども、マーク・トウェインよりハートは大きくてワイルドじゃないかしら(見た目どおりに)。ひねくれ者の著者のクールな観察眼とビッグな(人類愛ならぬ)霊長類愛が生みだした、可笑しくて切なくて、登場する霊長類全員が愛おしくなるようなメモワール『サルなりに思い出す事など』を、どうぞお楽しみに。