みすず書房

B・チャトウィン『ウイダーの副王』

旦敬介訳

2015.05.25

この作品の舞台になっている現在のベナン共和国には、かつてポルトガルがウイダーに建設した奴隷貿易のための要塞が今も残っているという。建物は1960年代後半に歴史博物館になった。後にこの博物館の展示のキュレーションをしたのが、本書のカバーに使われている写真を撮った、フランスの写真家ピエール・ヴェルジェである。

訳者の旦敬介は2013年、滞在中の現地でブログにこう書きしるした。「僕が今年、ベナンに来た初めのころに見に行ったときには、80年代後半にピエール・ヴェルジェが設定した展示がそのまま続けられていた。2階にはウイダーの歴史と奴隷貿易の歴史を主題とした展示があり、1階には、ピエール・ヴェルジェ自身の写真などを利用して、ベナンを中心とする西アフリカの習俗と、ブラジルを初めとする新大陸の黒人たちの習俗との関連性を主題とする展示になっていた。」

習俗の関連性というのは、たとえば料理にあらわれる。並べられた2枚の写真の左に「アカラジェーを揚げる女(ブラジル)」、右に「アカラーを揚げる女(ベナン)」。ほとんど区別がつかない。旦敬介は続けてこう言う。「ブラジルではアカラジェーはアフリカから来たものと言っている。ベナンではアカラーはブラジルから来たものと言っている。素材の豆自体は、新大陸原産のもの」。

チャトウィンは本書の序文で、ピエール・ヴェルジェに会い、ヴェルジェの本を読んだと述べている。チャトウィンも、大西洋を挟んだ両岸の往復にまつわる奇妙な歴史のドラマにつよい興味をもち、両地域に取材してフィクションを書き上げたのだろう。ヴェルジェ、チャトウィン、旦敬介、という旅行家たちの流れの上に位置する世界文学といえる、この『ウイダーの副王』の肌触りを、ぜひ体験していただきたい。

追記。1月、世界に衝撃を与えたシャルリ・エブド編集部襲撃事件。これとほぼ同時に出版され物議をかもしたミシェル・ウエルベックの新作小説『屈服』は、近未来のフランスにイスラム政権が出来るという設定である。

これを知って想起したのは、フアン・ゴイティソーロが1982年に発表した近未来小説『戦いの後の光景』(旦敬介訳、小社刊)だ。ある朝目を覚ますと、パリの町中の看板がトルコ語やアラビア語に変わっている……。もちろんスペイン出身のゴイティソーロのイスラム文化との親近性も、作品の意味合いも、ウエルベックとはぜんぜん違い、混血都市の豊穣を描いたものだが、今日においてこそ読まれるべきだろう。そうすれば、何かがざわっと伝わってくる。文学の効用は、政治的議論とは別の次元で(想像力の次元で)、世界の動きを感じるところにもあるのではないか。