みすず書房

フランシス・バーネット『白い人びと』

ほか短篇とエッセー   〈大人の本棚〉 中村妙子訳

2013.05.10

『小公子』『小公女』『秘密の花園』……幼いころ、夢中になって読んだというかたも多いと思います。作者のフランシス・バーネットは、少女時代にイギリスからアメリカへわたり、大黒柱を失った一家の家系を助けるために16歳から小説を商業雑誌に書きはじめました。

つらい毎日の中にひとときの夢を求めて雑誌を手にする女性たちのためにバーネットの筆が生み出した初期の作品は、いわゆるロマンス小説が中心でした。とはいえ、同時代のアメリカの女性作者たちの多くがそうであったような、勤勉、質素といったピューリタン的な価値観を説こうとするお説教臭さとは無縁、読者をハラハラドキドキさせ、ハッピーにさせたい、という想いがどの物語にこめられた、まさに天性のストーリーテラーだったといえるでしょう。

表題作『白い人びと』は、日本では1967年に川端康成による抄訳で「ポプラ社版 世界の名著」に収められたのが最初です。短篇『抒情歌』で〈視る力〉をもった女の愛と悲しみを幻想的な筆致で描いた川端康成が、時代と国をこえてみずからの想いと重なるものをバーネットのThe White Peopleにみいだしたのは、ごく自然なこととうなずけます。この物語の不思議さもふくめ、心の中にそのまま迎え入れてみるとき、何かが変わるのかもしれません。

本書に併せ収めたのは、近年大人の読者を多くもつ『秘密の花園』につらなるエッセー2篇、それに作者の幼い息子たち――ライオネルとヴィヴィアン(『小公子』セドリックのモデル)――が登場する物語『気位の高い麦粒の話』。『白い人びと』執筆のきっかけとなった長男ライオネルの死の9年前に書かれたものです。いかにも楽しい中にぴりりとスパイスが効いて、かのアンデルセンを思わせるこの童話、おもわず声に出して子どもたちに読んできかせたくなりますが、伸びゆく生命の歓びと不思議を謳った、単なる子ども向けではない深いものをそなえています。

バーネットは、自分の書くものをつうじてこの世に喜びと幸せだけをもたらしたい、という強い願いを持っていました。

信じてね、ヴィヴィ。私はこの世に不幸せをもたらすようなことは書けないの。初めてものを書きはじめた少女の頃も、自分の想像したことや紙の上に記したことが、ひとを不幸せにしたり不快にさせたりすることだけはしたくない、と思っていたのよ。この世には逃げられないことが数多くあるけれど、私たちの望むのはその反対のもの。生命、愛、希望、それらが本当に存在するということ……

変化や衰退、喪失にたいする不安や悲しみをそっと覆う不滅、再生への希望――4篇をつらぬくメッセージは、21世紀の日本に暮らす私たちへの、美しい贈りものとなるにちがいありません。