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2017.07.25トピックス

米本昌平解説「『日本のルィセンコ論争』を読む──50周年記念版に寄せて」

中村禎里『日本のルィセンコ論争』[新版] 米本昌平解説

  • (新版にさいし、巻頭に、米本昌平・東京大学教養学部客員教授による解説が新たに付されました。以下に一部ご紹介いたします)

解説
「『日本のルィセンコ論争』を読む
──50周年記念版に寄せて」 より一部抜粋

米本昌平

ルイセンコ学説は、ソ連―ロシアにおいても、国内の科学に混乱を招いた非科学的な学説として、学術的には最近まで長く完全に葬られてきたのだが、近年になって、「エピジェネティクス」の解明が進むと、ロシアでは一部の研究者が、ルイセンコ学説の復権を唱え始めた。ソ連の遺伝学を研究してきたL・グラハムの『ルイセンコの亡霊 エピジェネティクスとロシア』によると、そのたぐいの言説にはさまざまなタイプのものがあるが、すべては非科学的なもので、歴史的にもルイセンコの実像を直視しないものが大半である。にもかかわらず、最近の生命科学においてエピジェネティクスという現象に注目が集まっているのをいいことに、ルイセンコ復活を企てる一部の人間は、エピジェネティクスこそルイセンコ学説が正しかったことを示す新たな証拠だと主張し始めている。その中には、生命科学の専門誌『セル』に掲載されたエピジェネティクスに関する総説が、一言だけルイセンコに触れていることを、ルイセンコ復活の正当化論に大々的に利用している例もある。しかしこの総説は、ラマルクと並列して獲得形質の遺伝の主張者として言及しているだけで、ルイセンコを積極的に認めているわけではない。

エピジェネティクスとは、遺伝配列の変化を伴わない発生過程の調節のことである。もともとは、発生学者のウォディントン(Conrad H. Waddington 1905-1975)が『遺伝子の戦略』(1957)のなかでエピジェネティクス概念を体系的に論じた上で、「エピジェネティック・ランドスケープ」として図示したために、専門家の間に強く印象づけられるようになったものである。

エピジェネティクス概念が21世紀に入って重要性を帯び出したのは、ゲノム解読が飛躍的に進み、とくに高等生物のゲノムについて詳細が判明し始めたからである。初期の分子生物学の研究対象になった大腸菌などの原核生物と、核を持つ真核生物とでは、遺伝子発現の調節機構が大きく異なっていた。大腸菌などの原核生物では、初期の分子生物学が定式化したように、遺伝情報はDNA→RNA→たんぱく質へと流れるのをもってほぼ説明は終わりである。だが高等生物になればなるほど、ゲノム配列がたんぱく質をコードしている部分は小さくなり、ゲノムの大半はさまざまな長さのRNAに読まれて、いわば細胞分化を指示するレシピとして、遺伝子の発現をダイナミックで複雑な方法で調節していることがわかってきた。

つまり、ゲノム配列は同じではあるが、遺伝子発現は多段階の仕組みで調節されており、まさにこれがエピジェネティクスという機構である。DNAに接近して見ると、DNA分子はヒストンという分子に巻きついており、ヒストンにアセチル基が着くと構造が緩んでDNAは読まれ易くなり、他方で、DNA分子にメチル基が着くとDNAは読まれなくなる。このようなDNAに関連する分子の修飾による発現の調節は、細胞分化の仕組みの一部であるが、このような分子修飾が次世代にも受け継がれると、エピジェネティックな次元での遺伝的変化が生じる。植物ではこのような例がいくつか報告されており、かつてルイセンコが自説の根拠とした、「春化」処理によって表現型が次世代へ継承されるという現象の一部は、エピジェネティクス現象として解釈することが可能である。現在ルイセンコ学説の復活を主張する者は、この点に自らの考えを不当に投影していることになる。

要するに、ルイセンコ学説は復活などしていない。が、それとはまったく別の次元で、ルイセンコ論争の読み方は転換点を迎えつつある。

われわれは時代精神(Zeitgeist)のうねりからは逃れられない。この本に収録されているのは、1950年代-60年代前半に日本の第一級の生物学者たちが、メンデル=モーガン学説の実証的な成果を認めながら、同時にそれが一面的な説明であるかもしれないことを視野に入れ、生命の振る舞いについて真摯に考察し、議論を戦わせた記録である。やがて60年代には分子生物学の爆発的発展を迎え、メンデル=モーガン遺伝学は、ワトソン=クリック流の分子遺伝学にとって代わられる。そして、ルイセンコ学説の評価をめぐって戦わされた生物学者たちの議論は、ひどく時代遅れのものに見え始めるのである。

だがさらに時代はめぐり、21世紀のわれわれは、20世紀遺伝学の夢であったゲノム配列の機械解読を実現させてしまった。その結果、「DNAは生命の設計図」という比喩は迫真性を失い、解読されたゲノム配列が、どのように発生分化を実現させ、場合によっては次世代にまで影響を与えるのかという、エピジェネティクスがホットなテーマになっている。それはDNA中心の問題設定から脱却し、細胞全体のダイナミズムと発生過程における転轍機の機構を探究するものである。こうした研究のためには、初期分子生物学が浸透する以前の生物学が立っていた、一種の高みにたち戻る必要がある。こうして、半世紀前の第一級の生物学者の洞察がふたたび生気を取り戻すことになるのである。

copyright Yonemoto Shohei 2017
(筆者のご同意を得て抜粋転載しています)




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