みすず書房

[著者からひとこと] 根本彰「情報リテラシーを獲得して自由な学びを」

根本彰『情報リテラシーのための図書館――日本の教育制度と図書館の改革』[1日刊]

2017.11.27

情報リテラシーを獲得して自由な学びを
――2020年大学入試改革の真の意味

根本彰

最近、「知的××のすすめ」のようなタイトルをもつ本がたくさん出ている。一説には、新教養主義の時代だとも言われる。書き手はよく知られた作家だったり評論家だったりして、みなたいへんな教養人・読書人である。いずれも、若いうちに本を読む習慣を身につけておくことがその後の社会生活や人生においていかに重要な価値や判断の基準を形成するものかを説くものである。

一方、政府は2001年に子ども読書活動推進法を制定し、それ以降、教育機関や各地の教育委員会を通じて読書振興に取り組んでいる。また、2005年に文字・活字文化振興法を施行し、2008年を国民読書年としている。だが、毎日新聞が全国学校図書館協議会の協力を得て毎年行っている「学校読書調査」の2016年版によると、5月1カ月間に「まったく本を読まなかった」割合(不読者率)は、小学生で4.5%、中学生で16.4%、高校生で53.2%であった。政府がいくらかけ声を掛けても、学年が上がれば上がるほど不読書率は高まっている。

私は毎年、所属大学の新入生を対象にした演習の授業をもっているのだが、彼らに最初にアンケート調査を行い、この半年に読んだ本を挙げてもらうことにしている。そうすると趣味で読む文芸書が少し上がる程度で、ゼロ冊と答える学生が半数以上に昇る。確かに2月下旬まで多くの学生は受験のさなかにありそれどころではなかったのかもしれない。しかしながら、一定の学力をもって文学部に入ってきた学生である。受験から解放されたらさっそく読みたかった本にむさぼりつくのではないかと期待すれば、あに図らんやこうしたことになるのをどう考えたらよいのか。

おそらくは、こうしたことから活字文化の危機を感じた人たちが先のような本で若い世代に読書の効用を説いているのだろう。そうした本の多くが収録されるのが「新書」であるが、学生のなかに文庫本は知っていても新書本という出版のジャンルを知らないという人が一定割合いたのには愕然とさせられた。識者のメッセージは届いていないのである。

2020年の大学入試改革の在り方をめぐって議論が進んでいる。そこでは、英語入試に民間活力を導入するとか、一部記述式が入るといった新しい入学共通試験の在り方ばかりが取り上げられるが、本来、この改革は、大学と高校までの教育を接続させるための仕掛けとして行われていることが忘れられがちである。そして、この連続性こそが高校までの学びと大学での学びのギャップが大きすぎるのを是正する鍵であるはずだ。学びのために不可欠な読解力を年齢とともに高めるために必要な読書習慣が、「受験」によっていびつな形にさせられている現況を本来のものに戻すこともそこには含まれる。

今回、日本の教育の課題を念頭におきながら、こうした日本人の学習観がどこから来ているのか、そして、今、大きな転機にいるのではないかとの問題意識を前面に出した著作を書くことにした。私はこれまで図書館制度や図書館情報学の研究者であった。隣接領域にいるからこそ、教育者や教育学研究者に見えていない日本人の学びの弱点がはっきり見えてくるからである。

たとえば、日本人は書籍を書店の店頭で手にとって気に入ったものを購入することにより入手するのが当たり前であると考えてきた。読書人、知識人と呼ばれる人ほどそのように考える傾向が強い。しかし、今、書店数が減少し、身近な生活空間から書店が消えている。また書店があっても、売れ筋のものしか置かれない傾向が強い。都市部の大規模書店を除くと、書店の多くは一部の文芸書・ビジネス書以外は文庫本、雑誌、学習参考書、コミックスしか並べていない。これでは本屋で自分の目利きの本選びができる人は限られてくる。

これに対して20世紀後半になって図書館がようやく都市の文化施設として整備されるようになった。地方に行けば、図書館しか書籍を自分の手にとることができる場はない。この状況は、先に述べた教育改革の課題と密接に関わっている。図書館は単なる書店の代替物ではなく、市民に知の豊潤さを保障する施設である。これを、教育を補完する装置として利用しない手はない。

今回の教育改革は、歴史的に狭いところに閉じ込められていた知の在り様を解放し、自分の力でアクセスする機会をつくるための仕掛けであるはずである。大学と高校までの学校教育が接続するためには、これまで大学に入らないと自由にならないと考えられてきた知識の利用のしかたを早い時期から知り、それを活かした学びの習慣を身につけることが大事である。

学習指導要領の規定に従い、検定教科書をマスターすることが学ぶべき目標であるという理解から脱して、自由な学びを獲得するためのスキル、これが本書のタイトルにある「情報リテラシー」である。そして、図書館は、この能力を身につけるための教育的な装置であるというのが本書の中心的な主題テーマである。

なお、本書の「はしがき」「目次」「引用・参照文献」「索引」を筆者のブログで発信しているので、併せて参考にしていただければ幸いである。
「オダメモリー」の11月25日分 https://oda-senin.blogspot.jp/

copyright Nemoto Akira 2017