みすず書房

すべての子にセカンドチャンスのある社会。「やり直せるよ!」

内田博文『法に触れた少年の未来のために』

2018.09.21

子どもの権利は戦後、日本国憲法や国際人権法などにより大きく前進することになった。
しかし、今や時計の針を逆戻しさせる動きが世界的規模でみられる。アメリカで現出した刑罰国家が拡大しているからである。日本でも日本版刑罰国家への転換が急速に図られている。そのために最大限に利用されているのが少年非行・少年犯罪である。…
とりわけ1990年以降の日本では、少年非行・少年犯罪と虐待などがマスメディアなどで大きく取り上げられるようになった。その取り上げられ方は、個人的な特異事象という理解から、事件本人の異常性に焦点があてられがちである。…厳しい対応、厳罰を求めると同時に、国・自治体による安全・安心な社会の構築の強調を下支えしている。
(本書「はじめに」より)

自分と他人を結ぶ。この回路をいかにつむいでいくのか。ときには第三者が家庭、学校、医療・福祉の場、少年院などに入っていき、当事者間の「対立」を解きほぐし、当事者と一緒になって両立可能性を探っていく。
(本書「おわりに」より)

2年前の晩秋に、ある女子少年院を参観する機会があった。
どれほど感謝しても足りない、貴重な経験だった。女性の院長先生のお話が忘れられない。
院生たちは、普通の人がとても想像できない環境で育っている。だからみな、自分は被害者だと思っている。それでなかなか更生が進まない。
少年院に入って初めて、自分の衣食住を心配してくれる人に出会う。どこまで落ちていくかわからなかったのに、はじめて存在に底ができる。
この院では外部の協力も得て、授業に力を入れているという。勉強などしたことがなかった、そもそも勉強の何たるかも知らなかった子たちのなかに、俄然、勉強の面白さにめざめる子も出てくる。
院内は柔らかな明るい色調で、壁には刺繍などの手芸や工芸、押し花、書道などの作品が飾られていた。戦前の訓導の名残の茶道室や箱庭療法のミニチュアもあった。庭は手入れが行き届き、花壇に草花が列をなしている。塀はなく、そのまま外に出ていける。一見して女子少年院とはわからない。
結んだ赤い髪が黒髪に戻る頃、彼女たちはジャージを私服に着替えて社会に戻る。まだ10代の日々である。

「君を中等少年院送致とする」――夢から目を覚ました私は、となりで寝ている息子の寝顔を見て安心した。私は34歳、4人の子どもの母となることができた。…私、もっと強くなりたい。もっと自信の持てる自分になりたい。レディース総長だったって、少年院を出てたって、頑張って生きてる、幸せになりたいと思って生きていると、わかってもらいたい!
(本章11章、『セカンドチャンス!』新科学出版社、2011年より引用)

少年司法の世界は不可視である。原則、顔が見えない。
本のカバーに使用する写真を求めて、吉永マサユキさんの写真集『族』(リトルモア、2003年)に出会った。7年かけて暴走族に迫ったおそらく唯一無二の作品群である。日本の“motorcycle kids”として、先に英米で評価された。
「全日本狂走連盟」「喧嘩男衆」「反目上等暴走勇士」「天に特攻命ぜられ 修羅場の道をかいくぐる」「男一心硬派」…白か黒の装束に文字を躍らせ、少年少女はこちらを見すえている。
何度ページをめくっても、必ず手が止まる写真があった。
茶髪に細い眉、白鉢巻、黒の特攻服に赤いたすきを掛け、赤いホンダにまたがる。バックミラーを見る目が真剣である。この少女は今頃どうしているのだろう。
いつのまにか暴走族はほとんど消えた。写真集は文化現象の記録となった。
「彼らはどうなったのですか?」とたずねると、
自ら非行経験のある写真家・吉永マサユキさんは言った。
「みんななんとか食べていく。その先に、自己実現や夢をかなえようとすると、社会の大きな壁が立ちはだかる」

いま、私たちに求められているのは、厳罰によってこの加害者と被害者という人間関係を固定化し強固にすることではない。被害者でなくしていくことであり、加害者でなくしていくことである。
(本書「おわりに」より)

悪い子、弱い子、すべての子にセカンドチャンスのある社会は、すべての人に優しい社会のはずだ。しかし、人びとの理解はなかなか進まず、更生支援の現場は苦闘している。
「やり直せるよ!」と帯の背に書くために、わたしはひと夏がかかった。