みすず書房

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『現代フロイト読本』1

西園昌久監修/北山修編集代表 [全2巻][第2巻6月刊行予定]

フロイトが生まれて150年が経つが、フロイトの著作はいまもいつも面白い。フロイトは、よくダーウィンと並べて論じられるが、その観察力、そこから世界(自然)と人間(心)の成り立ちについて提示した「仮説としての真実」の大胆さにおいて、それはまったく適切なことだろう。ダーウィンもフロイトも、それがおそらく永遠に白黒つけることのできない、人間が最も知りたい真実に挑んでいるから、私たちを惹きつけるのだろう。

フロイトの残した論文を読んでいると、自分や患者のなかに起こるあらゆる心の動きを、まるで人体実験に身を捧げるかのように耐え、受け止め、分析し、味わう、その勇気と忍耐力と素直さに驚嘆する。精神分析治療の核にあるのは言語だが、そういう治療技法としての言語を離れてみても、無限に広がり動く心を言葉という線的な道具を使って可能な限り忠実に、ありのままに描写しようとああでもないこうでもないと奮闘する、言葉の使い手としてのフロイトの言語運用・活用のエネルギーとオリジナリティには目を瞠らされる(「フロイトの書き方」の魅力については、本書収録の北山修先生による解説「私有化された「フロイトを読む」」を是非読んでいただきたい)。
例えば、各論文で執筆者が引用する、フロイトの文章のエッセンスは――

  • ヒステリー患者の「知らない」は、実際には「知りたくない」であり、多かれ少なかれ意識にある可能性のあるものである。だから治療者の課題は、自分の心的な作業によって、連想へのこの抵抗を克服することにある。(『ヒステリー研究』)
  • 真実を求めようとするわれわれ人間の気持ちが、われわれがふつうに考えているよりもこれほどまでに強いということには、誰しも驚嘆せざるを得ないであろう。(『日常生活の精神病理学』)
  • 要約してみよう。私たちには、分析治療のなかで姿を現す恋愛の状態が「真実の」性格をもっていることに、疑いをさしはさむ権利はない。(「技法に関する諸論文」)
  • 愛は偉大な教育家である。そして不完全なものである人間は、身近な人たちの愛によって、社会の要請する戒律を尊重するようになり、違反行為がもたらす罰から守られる。(『精神分析的研究から見た二、三の性格類型』)

――読みながら、〈私〉のなかの前提(常識・建前・病気)と実感(感情・本音・生)が認められ否定されながら、だんだん素直になっていく、生々しい自分と向き合う体験を味わっている。

この読本では、人間理解を助ける重要な概念を論じる著作43篇を精選し、心理学や哲学の概念の源泉として、また治療の手がかりとしてのフロイト理論を紹介する。と同時に、著作によってフロイトが読む者と共に作り上げる時間・空間のユニークさを知ってもらうことも目指している。その味わい深さこそ、精神分析の本質について物語っていることを、自らも言葉で伝えようと、わが国で精神分析治療を実践する現役の分析家たちが、フロイトのように奮闘している。

【監修者略歴】

西園昌久〈にしぞの・まさひさ〉
1928年福岡県生まれ。1953年九州大学医学部卒業。九州大学医学部助教授(精神医学)、福岡大学医学部教授を経て、同大学名誉教授。心理社会的精神医学研究所を開設。前、日本精神分析協会会長。主な著書に、『精神分析を語る』(岩崎学術出版社、1985)『精神分析技法の要諦』(金剛出版、1999)『精神医学の現在』(中山書店、2003)など。主な訳書に、コーホン『英国独立学派の精神分析』(岩崎学術出版社、1992)カーンバーグ『重症パーソナリティ障害』(岩崎学術出版社、1997)など。

【編集代表略歴】

北山修〈きたやま・おさむ〉
1946年淡路島生まれ。1972年京都府立医科大学卒業。ロンドンのモーズレイ病院およびロンドン大学精神医学研究所にて2年研修。現在、九州大学大学院人間環境学研究院・医学研究院教授。南青山心理相談室に参加。日本精神分析学会会長。医学博士。主な著書に、『錯覚と脱錯覚』(岩崎学術出版社、2004)『幻滅論』(みすず書房、2001)『精神分析理論と臨床』(誠信書房、2001)『劇的な精神分析入門』(みすず書房、2007)など。主な監訳書に、ウィニコット『小児医学から児童分析へ』(岩崎学術出版社、1988)J・ストレイチー『フロイト全著作解説』(編集・監訳、人文書院、2005)フロイト『「ねずみ男」精神分析の記録』(編集・監訳、人文書院、2006)など。

【編集委員略歴】

松木邦裕〈まつき・くにひろ〉
1950年佐賀県生まれ。1975年熊本大学医学部卒業。1985年から1987年に英国ロンドンのタヴィストック・クリニックへ留学。現在は精神分析個人開業および兵動クリニック(福岡市)に勤務。主な著書に、『分析空間での出会い』(人文書院、1998)『分析臨床での発見』(岩崎学術出版社、2002)『私説 対象関係論的心理療法入門』(金剛出版、2005)『抑うつの精神分析的アプローチ』(編著、金剛出版、2007)など。主な訳書に、ケースメント『患者から学ぶ』(岩崎学術出版社、1991)『あやまちから学ぶ』(監訳、岩崎学術出版社、2004)ブリトン『信念と想像』(監訳、金剛出版、2002)ビオン『再考:精神病の精神分析論』(監訳、金剛出版、2007)など。

藤山直樹〈ふじやま・なおき〉
1953年福岡県生まれ。1978年東京大学医学部医学科卒業。現在、上智大学総合人間科学部心理学科教授。東京神宮前にて個人開業。主な著書に、『心のゆとりを考える』(全2巻、日本放送出版協会、2000)『精神分析という営み』(岩崎学術出版社、2003)『甘えについて考える』(共編著、星和書店、2002)『ナルシシズムと自己愛』(編著、岩崎学術出版社、近刊)など。主な訳書に、オグデン『こころのマトリックス』(岩崎学術出版社、1996)など。

福本修〈ふくもと・おさむ〉
1958年神奈川県生まれ。1982年東京大学医学部医学科卒業。1990年静岡大学保健管理センター助教授。2000年タヴィストック・クリニック成人部門課程修了。現在、恵泉女学園大学人文学部教授。代官山心理・分析オフィス、長谷川病院に勤務。主な著書に、『精神医学の名著50』(編著、平凡社、2003)『埋葬と亡霊』(共著、人文書院、2005)。主な訳書に、シェーファー『現代クライン派の展開』(誠信書房、2004)ブロンスタイン『現代クライン派入門』(共訳、岩崎学術出版社、2005)など。




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