みすず書房

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岡村民夫『イーハトーブ温泉学』

いまだって夏の文庫フェアに必ずセレクトされるように、宮沢賢治とは小学生のころに文庫で童話を読んだり参考書か教科書で「雨ニモマケズ」の一説にふれたり、というのがごくふつうの出会い方でしょう。担当編集者のわたくしもそうでした。ただし大学に入ってから詩集『春と修羅』をひもといてガラリとイメージが変わり、そして「銀河鉄道の夜」をはじめこれまでの発表形態が作者の――むしろテクストそのものの、というべきでしょうか――構想とはおよそ異なるものだと知るにいたったものの、宮沢賢治は遠い天体のような存在となっていました。校本宮沢賢治全集以後、一挙にふくれあがった作品群を前にして――ローカルな地名や独特の語彙に阻まれたせいもありますが――ごく一部をかじっていたにすぎません。

無数の切子面をもつこの宮沢賢治という多様体に、大胆にも「温泉」という補助線を引いた点で、『イーハトーブ温泉学』は唯一無二の書です。補助線、といっても地質学や民俗学、宗教等の含意をはらむがゆえにこれまたひとつの多様体なのですが、驚くべきは両者を鏡のように重ね合わせることで明快な1本の筋が通され、「賢治」多様体はそのものとして生きた具体相のもとに脈動し始めるのです。序にいわく、「〈温泉〉から宮沢賢治を発見することは、宮沢賢治なくしてはありえないかたちで〈温泉〉を再発見することを意味しなければならない」。

しかも先行する諸研究や文献・資料を踏査し、花巻周辺でのフィールドワークや聞き書きを積み重ねた著者は、ときに徹底して還元的読解を行って、個々の心象スケッチの発生現場を確認していきます。それは賢治的想像力の飛翔するさまを正確にとらえるためであり、「そもそも〈心象スケッチ〉や〈イーハトーブ〉とは、私たちが慣習的に〈現実〉とか〈身体〉とか〈地方〉とみなしている凝固物を分解し、それらを再設計するために用意された武器だから」です。

新説もふんだんに盛り込まれています。著者宛の私信で入沢康夫氏は「感動した」と激賞され、そのことに著者本人が「感動」しているところですが、本書をお読みになれば、宮沢賢治というテクストの森のなかを踏み迷うことが楽しくなるにちがいありません。この夏、ちくま文庫版全集全巻読破――読んだ方はもう一度――お試しあれ。わたくしもそのつもりです。




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