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『愛、ファンタジア』
アシア・ジェバール 石川清子訳
小説だからこそわかる歴史がある。『愛、ファンタジア』を読み進むうち、そんなことに気がついた。
舞台はアルジェリア。かつて百年余の長きにわたりフランスの植民地であったアルジェリアは、ヨーロッパとアラブの文化が苛烈に衝突する場所である。物語は、そこに生きる人々の声を豊かに紡ぎだしていく。
はじまりは、アラブの女の子が学校に通う場面。非識字率の高い当時のアルジェリアで、女の子が文字を習う、ましてやフランス語を習うのは稀なことだった。そしてそこには、ある特別な意味があった。読み書きを覚えたが最後、少女は「手紙」という移動の手段を手に入れてしまうのだ。手紙は伝統社会が娘に注ぐ監視の目を易々とかいくぐり、男たちに愛の声を届ける。
作者ジェバールを思わせる少女の物語ののち、場面は19世紀、フランス軍のアルジェ侵攻に移る。こんどは征服者の視点で、戦場の殺戮が冷徹に活写される。つづいて、山岳ゲリラ兵の戦闘、やがて成長した少女のパリでの結婚と破綻、伝統的価値観に生きる女たちの呟き……映画の場面のように、男と女、娘と老女、占領者と被占領者と、語り手が自在に移り変わり、いくつもの声がそれぞれにアルジェリアを語る。
主人公が誰なのか、ストーリーはどこにあるのかわからない。だが、やがて気付く。この、声の集積こそが歴史ではないのか。人々の声の響き合いのなかから、アルジェリアの百年が、鮮明に像を結んでいくのだ。
「歴史、回想録、個人的な物語を組み合わせるにはこんな方法があったのか、と目を開かれた。組み合わせの妙によって、それぞれのジャンルが高められ解説しあっているのである。」(リチャード・パワーズ)
20歳で「アルジェリアのサガン」と呼ばれたのち、イスラーム圏を代表する作家として活躍し続けるジェバールの代表作である。
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