みすず書房

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S・スヘイエン『ディアギレフ』

芸術に捧げた人生 鈴木晶訳

この伝記の主人公、セルゲイ・ディアギレフは、史上初の総合芸術プロデューサー。「史上初」というのは、ヨーロッパでも東洋でも、19世紀になるまで芸術のパトロンは王侯貴族だったから、イベントでしっかり収益を上げる仕掛人というのは存在しなかったからである。

序文から引用してみよう。「バレエ・リュス(ロシア・バレエ団)の創立者であり、20世紀において最も大きな影響力をもった現代芸術の開拓者である。ディアギレフはその23年間にわたる活動において、ヨーロッパと南北アメリカにその名を刻印し、その比較的短い期間に、舞踊・演劇・音楽・視覚芸術を一変させた。そんなことをなしえた人物は、彼以前にはいなかった(し、以後もいない)。」

その業績と内面史については、本書を読んでいただくしかないが、彼の関わったアーティストたちのディアギレフ評を見てみよう。「あの人食い鬼、聖なる獣、あのロシア貴族にとって、自分が奇跡を起こせないような人生は堪えがたいのだった」(ジャン・コクトー)「ディアギレフ。石をも踊らせる、あの恐ろしい、だが魅力的な男」(クロード・ドビュッシー)「ディアギレフはルイ14世だ」(アンリ・マティス)「余人をもって代え難いディアギレフは、魔術師、魔法使いだった」(フランソワ・プーランク)「ディアギレフは愛すべき人物だが、ひどい男でもある」(エリック・サティ)などなど。

1909年に話題騒然となったパリ登場につづき、翌年にはストラヴィンスキーに曲を書かせた新作『火の鳥』、バレエ用に改めたリムスキー=コルサコフ曲の『シェエラザード』をオペラ座で上演。バクストやブノワの舞台装置は、フォーヴ派の画家やアール・デコ様式に影響を与える。バレエ・リュスを結成した1911年から、天才を見付ける天才として、ストラヴィンスキーの『ペトルーシュカ』『春の祭典』、そして『ダフニスとクロエ』(ラヴェル)『パラード』(サティ)などヒットの連発。仕事をした画家は、ピカソ、マティス、ローランサン、ミロ……。振付は天才ダンサーのニジンスキー、フォーキン、レオニード・マシン、ジョージ・バランシン……。パトロンとなったのは、ミシアやココ・シャネル。

要するに、今世紀になっても上演される「総合芸術としてのバレエ」を、この怪物的プロデューサーはたった一人で開拓したのであった。まことに華々しい活躍ぶりだが、しかし、個人としての人生は寂しいものだった。そこで死ぬと決めていたヴェネチアで57歳の生涯を閉じたときには無一文。自分のすべてを美とアートに捧げた男というのは大げさではない。けれどもわたしたちはディアギレフを忘れない。彼がいなければ、この世界は今よりつまらないものになっていただろうから。

公開されたロシア語資料を徹底的に読みこんだ本書は、オランダの美術研究者スヘイエンによって書かれた。リン・ガラフォラの研究書『ディアギレフとバレエ・リュス』(1989)と並ぶ必読文献である。30年前の若き日に、バックル『ディアギレフ』(リブロポート、絶版)を翻訳している鈴木晶は、今回も立派な仕事ぶりを見せてくれる。この訳者、松岡正剛も言う通り「ものすごくバレエにもダンスの歴史にも、さらにはロマン主義やグリム童話にも詳しい深い人」なのだ。訳文の妙味もぜひ味わっていただきたい。



本書英語版の裏表紙。写真は1911年公演の『火の鳥』で踊るアドルフ・ボルムとタマラ・カルサヴィナ。


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