みすず書房

トピックス

中島和子『黒人の政治参加と第三世紀アメリカの出発』

[新版]

「三年に及ぶアメリカ留学の第二年目の1960年は、公共施設における人種差別撤廃を叫ぶ黒人大学生の坐り込み運動が始まり、一年のうちに100を越える市町村に拡がった。……」(「新版へのはしがき」)
黒人運動に触発されて研究を始めた著者の集大成。新版。

映画『フリーダム・ライターズ』とキング牧師


「最後のクリスマス説教となった「平和についてのクリスマス説教」で彼が「私には今も夢がある I still have a dream」を繰り返すところを聞くと、その底に一種の絶望と孤独の暗い声の調子が感じられる。それは非暴力への絶望ではなく、反対に非暴力についての確信がいままでになく深められ立証されていたがために、自分の呼びかけに耳を貸そうとせず、反対にFBIを始めとする黒人運動撲滅への操作と論理のなかへみずから転落しつつある黒人のジレンマに対する絶望ではないだろうか。」(本書より)

実話に基づく映画『フリーダム・ライターズ』は、1992年のロスアンゼルス暴動後の高校を舞台としている。暴動の引き金となった人種間の対立がそのまま校内に持ち込まれ暴力沙汰が絶えなかったが、赴任した女性の新人教師が、日記を課題とすることにより、生徒たちは次第に人種差別の不毛さを理解するようになる。その日記はまとめられて、書籍として出版されたのだが、そのタイトル『フリーダム・ライターズ』は、1961年に南部行きの長距離バスに乗り、人種による座席区別を破った黒人と白人のグループ、フリーダム・ライダーズをもじっている。さて、この映画のエンド・ロールで流れるラップが興味深い。ワシントン大行進での著名な演説におけるキング牧師自身の肉声「私には夢がある I have a dream」が、繰り返し挿入されている。黒人運動の担い手であると同時に、人種の枠を越える運動のシンボルであったキングの思想が、この映画のテーマと響きあっているように感じた。(キングの精神性、およびたたみかけるような演説の語り口が、その後の、ラップという音楽ジャンルの発祥に影響を与えたともいわれている。)

本書『黒人の政治参加と第三世紀アメリカの出発 新版』には、1988年のアメリカ大統領選挙の民主党予備選挙に出馬したジャクソンにいたるまでの、様々な黒人運動家、黒人政治家が登場する。著者がアメリカ留学中に出会い自身の研究のテーマを定めるうえで触発された黒人運動家、ロバート・F・ウィリアムズ。南北戦争以前、自ら逃亡奴隷となり、更に、その首に賞金をかけられながらも、多くの奴隷の逃亡を助けた、ハリエット・R・タブマン。非暴力運動に反対し、「ブラック・パワー」をスローガンに掲げたストークリー・カーマイケル。そして、キリスト教とガンジーの非暴力の思想を武器に、バス・ボイコットやワシントン大行進の中心人物となったキング牧師。座り込み運動に呼応してかけつけた、フリーダム・ライダーズ。また白人として、アメリカの新しい民主主義のステージをもたらした大統領、ジョン・F・ケネディやカーター。これらの人物を、一方では研究書として、政治学・政治史、経済学、宗教学、社会学の文脈からの位置づけを考察しながら、一方ではノンフィクションさながらの筆致で描き出す。折々に発表された論文をまとめたものだが、問題意識の一貫性により、奴隷であり少数者であった黒人が、1960-70年代を機に政治の主体へと変貌する、歴史の大きな流れを理解することができる。

2012年の大統領選挙を前に、様々な出来事が話題となっている。2011年10月16日には、キング牧師の記念碑が完成し、落成式ではオバマ大統領が演説した。また、「一つのアメリカの幻」『朝日新聞』2011年12月18日号では、「黒人初の大統領が生まれて、「人種の壁」は逆に目立つようになってきた」数々の事例をルポしている。『フリーダム・ライターズ』のエンド・ロールのラップで繰り返される、キング牧師によるもう一つのフレーズ「いつの日か that one day」への希望を持続するために、広い視野からの議論を展開し、1989年刊行時に、類のない業績として評価された本書の新版をここにおくる。




その他のトピックス