みすず書房

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阿部惠一郎『精神医療過疎の町から』

最北のクリニックでみた人・町・医療

2007年3月1日、北海道名寄市の地元紙「名寄新聞」があるニュースを報じた。

「精神科医療の充実に期待 4月1日開業を予定 「あべクリニック」・生活支える治療重点に」

ひとつの精神科クリニックの開業が新聞のニュースになる――このことが、名寄という町の当時の状況をよく表している。その前年の2006年、名寄市を含む上川北部で唯一精神科のある市立総合病院が、医師不足により精神科診療の規模を縮小した。本書は、「精神医療過疎の町」名寄市に精神科クリニックを開業した精神科医によるルポルタージュである。
それまで主に東京のクリニックで診療をつづけてきた著者は、開院当時をふりかえってこう書いている。

「はじめて名寄を訪れたときに、名寄市立病院精神科病棟が150床から55床に減らしたときの話を聞いた。ほとんど強制的に退院させられ、多くの患者はみんな札幌や旭川などの民間病院に移っていったそうである。呆れてしまうばかりだった。何のことはない、住民がそれだけ減ってしまったではないか。地域で患者さんを支えていかなければならないし、なぜそのように精神保健活動が展開されなかったのだろう。患者さんの帰る場所がないではないか」
「厳しい過疎の現実。うつ病・自殺の多さ、単身生活の高齢者の多さ、次々と高校が閉校となり、高校生のメンタルヘルスについて養護教諭と事例検討。精神科医療だけでなく、医者という職業とは何なのだろうといまさらながら考えてしまう。セイフティネットを考えるなら、病院は消防署のような存在でなければならない」

クリニックが開院してから、もうすぐ5年が過ぎる。
旭川の北90kmに位置する名寄は、冬になればマイナス30℃にもなる。それでもあべクリニックの診療日には、早朝の開院前から何人もの患者さんが並ぶ。
本書に書かれている5年間の軌跡は、あべクリニックが「患者さんの帰る場所」、あるいは「消防署のような存在」へと近づいていく、新しい地域精神医療の誕生の物語としても読めるのではないだろうか。




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