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岡野憲一郎『心理療法/カウンセリング 30の心得』
◇著者からひとこと
岡野憲一郎
本書の題として「心理療法/カウンセリング 30の心得」と決めた時、多少なりとも躊躇はあった。こんな題名の本を書店で見つけたら、自分だったら手を伸ばすだろうか? 何か安易なハウツーもののような気がして、敬遠するのではないか?(しかしたまたま手にとってパラパラとめくってみると、驚いたことに……私が普段思っていたことが書かれている。アタリマエだ。)
心得、ではなく「ヒント」にしてはどうかとも考えた。しかし本書の内容はやはりヒント、ではない。むしろ「~と考えてはどうか?」という一種のアドバイス、心にとどめて欲しい提言なのである。そこで結局「心得」となった。
30個書き並べたこれらの心得のすべてを、読者に同意して理解していただくわけには行かないだろう。特に精神分析系の先生方には怒られるような内容ばかりかもしれない。しかし中には「これはアリだな」と思ってもらえるものもあるのではないかと期待する。そしてその中で心に残るものが、心理面接をしていて迷いが生じたときにふと浮かんできて、それが少しでも助けになれば、と思う。
これらの30の心得の多くは、私が心理面接を行っているうちに次第に形を成してきたものである。しかし先輩の心理士や医師から聞いたことも含まれる。先達の著書からヒントを得たものも多い。その中には臨床心理士の卵である学生たちに日ごろ語っているものもある。そして私の頭の中ではすべて当然のことである。
たとえば「アドバイスは適正価格で(心得20)」を取ってみよう。アドバイスは安売りしても、売り惜しみをしてもよろしくない。どう考えても当たり前のことだ。しかし私たちは当たり前のことを日常生活で忘れがちである。「こんなことをしては怒られるのではないか?」「これを主張したら恥をかくのではないか?」そのようなときに原点に立ち返るために、これらのあたりまえな心得にも意味があるのである。ではその原点とは何か? それは心理療法やカウンセリングが来談者のためにある、という素朴な事実なのである。
私たちは様々なお作法やスーパーバイザーたちの言葉を耳にするうちに、この素朴な事実を忘れてしまうことがある。それらは「患者にはアドバイスをしてはならない」であったり、逆に「カウンセラーがアドバイスをしないで、誰がするんだ!」かもしれない。(この後者は、実はあまり聞いたことがない。しかしその代わり現実の世界では一部のカウンセラーによりガンガン行われている可能性がある。)するとつい考えてしまう。「アドバイスをするのはお作法に反するのだろうか?」あるいは「そんなことをしたらバイザーに叱られてしまうのではないか?」しかし大切なのは、今アドバイスを与えることが患者の役に立つのか、という一点であり、それを第一に問うべきなのだ。そしてそのことを様々な臨床場面で思い出すための30の心得、なのである。
最後にどうしてみすず書房をこの本の出版元として選んだのか? それは私たち精神医療に関する仕事をしているものにとって、みすず書房は老舗であり、憧れであるからだ。書店で心に関する興味深い題名の専門書を手に取ると、そのハードカバーを包むシンプルな味わいのあるジャケットの下のほうにはいつもひらがなの「みすず書房」があった。みすず書房から出る本は由緒正しい立派な本である、という一種の刷り込みが私たち心理関係の人間にはあるのである。今回縁があり、本書をその「みすず書房」から出版できたことをとてもうれしく思っている。
Copyright Okano Kenichiro 2012
岡野憲一郎『心理療法/カウンセリング 30の心得』
目次より
- 心得1 「自分が目の前の来談者の立場なら何を望むか」から出発する
- 心得2 治療原則とは結局は倫理原則である
- 心得3 来る人は拒まず、去る人は追わず
- 心得4 来談者の人生を変えようなどとは考えない
- 心得5 面接者は来談者によって自分が変わる用意がなくてはならない
- 心得6 来談者の問題解決のニーズを探る
- 心得7 心理療法には精神分析も認知療法も同時に起きている
- 心得8 面接者は防衛的になる分だけ力を奪われる
- 心得9 心に常に天秤を思い描くべし(マインドフルネス)
- ……
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