みすず書房

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ナシア・ガミー『現代精神医学のゆくえ』

バイオサイコソーシャル折衷主義からの脱却 山岸洋・和田央・村井俊哉訳

「私は、生物心理社会モデル(biopsychosocial model; BPSモデル)への批判のみを目的とした本の必要性を感じていた。そのようなことを行った者は誰もいなかった。編書の中にはBPSモデルの重要な考えについて振り返ったものはあった。しかしその中身はばらばらで体系立ったものではなかった。かつて〈マルクス主義〉という言葉を人々が用いたのとほとんど同じように、精神医学や哲学を専門とする私の仕事仲間の多くが〈バイオサイコソーシャル〉という言葉を用いていることに私は気づいた。この言葉は、深遠な何かを意味すると考えられてはいるが、しかし、それが何を意味するのかをはっきり述べた者は誰もいなかったのである。BPSモデルとは、現代精神医学におけるマルクス主義であるかのように、私には感じられた。その前では誰もが跪くが、しかしなぜそうすべきなのかを本当のところはわからず跪く、そういうイデオロギーなのである。だから、BPSモデルの批判を目的とした本が一つあることは、一定のインパクトがあると考えたのである。少なくとも討論を促すことはできるだろうと」
(日本語版への序文)

BPSモデルはひとつのスローガンであり、精神科医に絶対の自由を保障する役割を果たすものである。アメリカ同様、日本でも、かつての精神病理学に代わり、薬物療法やエヴィデンスに基づく医学(EBM)が主流を占め、いっぽうで脳との関係が注目されている。BPSモデルが言うように、人間は生物であり社会的存在であり、心をもった存在だから、このモデルは薬物一辺倒、実証データ一辺倒、精神分析一辺倒、精神療法一辺倒への批判になるはずなのである。しかし実際は、たとえば適度の薬物と精神療法のちゃんぽんで医師みずから善であるかのように満足し、かえってそれぞれの患者を診断・治療する眼を曇らせている場合がある。そのような状態が蔓延していることこそ、真に精神医学の危機なのではないか。ヤスパースの精神病理学が考えたように、患者と向き合うとはどういうことかをもう一度考え直すときに来ているのではないか。

BPS批判はそのまま精神科医療の現状批判である。本書をひもとけばわかるように、そのために著者は、歴史から学ぶというスタイルを大事にしている。いまの精神医療の現場で日々忙しくしている人のなかには、ガミーの主張に「そんなこと言われても」と反応する人もいるだろうが、まずは精神医学の歴史を読むという姿勢で本書にあたられれば、違ったなにかが見えてくるかもしれない。




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