みすず書房

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栩木伸明『アイルランドモノ語り』

[読売文学賞〈随筆・紀行賞部門〉受賞]

本書は、第65回読売文学賞〈随筆・紀行賞部門〉を受賞しました。選評(辻原登)に、「この本の構造そのものがイェイツの詩そのままに、枝を編んで粘土で固めた小屋のようなものだ。アイルランド・ケルトが触れられるもの、見られるもの、聴こえるもの、そして思考と夢想を存分に羽ばたかせてくれるモノとしてここにある」。(2014年2月)

ダブリンから、へんてこなわら細工の写真が

3年前の冬のことだった。アイルランド・ダブリンに滞在中の栩木伸明さんから届いたメールに、へんてこなわら細工の写真が添付されていた。
でこぼこした円すい型、ぽかんと口をあけていて、間抜けな感じがするけれど、何だか可愛い。「何なんだろう、これ?」と思って、添えられていた文章(それが、本書冒頭に収録した「ふるさとはデンマーク」である)を読んで謎が解けた。
ここでネタばらしはやめておくけれど、栩木さんはこの不思議な物体を、西部メイヨー州・国立〈田舎暮らし〉博物館(そういうものがあるのだ)のミュージアムショップで見つけたそうだ。かつての田舎暮らしには欠かすことのできない大切なもので、デンマークと深いつながりがある……と説明すればするほど迷宮入りしそうである。

バラージ・バルーンの絵はがき(写真 栩木伸明)

もうひとつご紹介したい。北アイルランドの首都ベルファストの古道具屋で見つけた「バラージ・バルーン(防空気球)」の絵はがきのこと。
第二次世界大戦中、アイルランド島の大部分であった〈エール〉国は中立を守ったが、英領であった北アイルランドは戦争に参加し、徴兵制こそ敷かれなかったものの、武器や軍需用品の供給など後方支援の役割を担った。結果として北アイルランドはイギリス本国と同様、ドイツによる爆撃の危機にさらされることとなった。そこに登場したのが「バラージ・バルーン」。敵の侵入を防ぐべく、上空に複数のバルーンを揚げてバリアを張ろうとするものだ。しかし激烈なドイツ軍の攻撃に対して、わずかな数のバルーンが太刀打ちできるものではなかった――。一枚の絵はがきから展開される、ベルファストの近現代史に息を呑むエッセイ「もの言わぬ気球」。圧巻の一編だ。

本書には12の「モノ」たちによって語られる、アイルランドの歴史や風俗、文学にまつわる挿話が次々につながって、「モノ語り」を形づくっている。それらの「モノ」たちは、「不思議なモノ」「おもしろいモノ」が好きな栩木さんがアイルランドの街角で見つけたモノたちだ。
へんてこなわら細工やバラージ・バルーンの絵はがきのほかには、銀細工の店で所在なさそうにしていた「木彫りの遠足馬車」、かつてはよく作られたお土産物だったという「真っ黒い円筒型の小箱」、ダブリンの下町の骨董店で見つけた怪しげな「騎士の肖像画」、墓場で拾った「真鍮のボタン」等々が登場する。そこから思いもかけないモノ語りを聞き取るのが、著者の嗅覚と聴覚?のなせる技であり、本書の魅力といえる。
ぜひ手にとってご覧いただけたら幸いです。



へんてこなわら細工(写真 栩木伸明)


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