みすず書房

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山田稔『別れの手続き』

山田稔散文選 《大人の本棚》 堀江敏幸解説

堀江敏幸が作品論や作家論の名手であることは、短い書評ひとつ読んでもすぐわかる。そして、いまでは平凡社ライブラリーに入った名著『書かれる手』の目次に並んだ、須賀敦子、長谷川四郎、島尾敏雄、田中小実昌、山川方夫、金井美恵子らの名前をみれば、こうした作家たちの作品が堀江の書きものに、直接的にではないが低い響きを与えている気配を感じとれよう。しかし、この本には登場しなかった作家に、山田稔がいる。
堀江との年齢差はちょうど父子ほどの34歳だが、二人ともフランスに滞在した経験を書くことで出発した。『コーマルタン界隈』(みすずライブラリー)の解説で堀江は山田の作風をこんなふうに言いあらわしていた。「先達の積み重ねをはじくのではなく消化し、思弁的にも自慰的にもならず、いくらか受け身の孤独を柔らかい言葉に載せて飄々と描くような作家がほとんど見あたらない」なかで「山田稔はひとつの例外といって差し支えないだろう」。小説ともエッセイとも決めがたい、「散文」としか呼びようのない作品。これはまた堀江の『郊外へ』や『おぱらばん』にも通う特質ではないだろうか。

『別れの手続き』というタイトルでこんど一冊にまとまった散文は、ほとんど四十年にわたって書かれているが、その間に微妙な経年変化をとげながらも山田稔の「感じ」はみごとに一貫している。それを堀江はこのたび「アナル=肛門学派」と洒落て名づけたうえで、「その視点で捉えられた人生の小さな歴史学であり、日常の心性を掴み取る散文ばかり」だと言い当てた。

山田の作品は多くが同人誌「VIKING」に発表され、編集工房ノアで単行本になっている。『コーマルタン界隈』が堀江の言うように、後年のシャルル=ルイ・フィリップ、ロジェ・グルニエらの翻訳へと展開して行く散文作家としての「出発点」だとすれば、それから山田の歩んだ道筋をたどり直してみることで、たった一人でひとつの「文学ジャンル」となったヤマダミノルを味わえるだろう。「ヴォワ・アナール」から「前田純敬、声のお便り」まで13篇、大人のためのベスト・オブ・ベストである。




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