みすず書房

ポール・ファーマー『復興するハイチ』

震災から、そして貧困から 医師たちの闘いの記録2010-11 岩田健太郎訳

2014.03.07

ハイチで30年にわたって無償医療活動を行ってきたポール・ファーマーは、「21世紀のシュヴァイツアー」とも「ノーベル平和賞候補」とも言われる医師であり人類学者である。近年、ハイチ人の妻ら家族とともに拠点をルワンダに移して以降は、ウガンダ、レソト、マラウィ、ハイチ、ペルー、ボストンを飛びまわっているようだ。しかしハイチはファーマーにとって特別な土地であり、今では「国境なき医師団」を凌ぐといわれる医療NGO「パートナーズ・イン・ヘルス」を1987年に立ちあげたのも、ハイチの田舎のカンジュという村だった。その、すでに過酷な歴史と極度の貧困に苦しんでいたハイチを、2010年1月12日に大地震が襲った。

ポール・ファーマーを日本で最初に紹介した本は『他者の苦しみへの責任』だった。これは論文集で、医療人類学者アーサー・クラインマンらの論文とともに彼の一篇が収録された。刊行は奇しくも東北地方太平洋沖地震の十日ほど後。日本中が東北の苦しみで頭がいっぱいの時だったが、インドやハイチの事例を扱った内容ながら反響を得て重版を重ねた。

その翌年に刊行した単著『権力の病理 誰が行使し誰が苦しむのか』は、アマルティア・センの序文や膨大な注を含む520頁の大著だが、「日本の論壇などではなかなかお目にかかれない、スケールの大きな、真のリベラルの雄姿」(朝日新聞書評欄)と評され、やはり予想以上の読者を得た。そして3冊目がこの『復興するハイチ』である。

今、筆者の手元には、ハイチ建国200年を記念して2004年に発行されたハイチの10グールド紙幣がある。ラテンアメリカ近現代史がご専門の先生が、筆者がハイチの本を準備中と聞いてご恵贈くださった。描かれているのはサニテ・ベレールという軍服姿の女性。フランスからの独立戦争を率いた英雄トゥサン・ルヴェルチュールの軍隊に加わり中尉となったが、フランス軍によって処刑された。「ブラックジャコバン」ことトゥサン・ルヴェルチュールは、ハイチの首都ポルトープランスの国際空港にその名を残す。ハイチの人々にとって、建国の歴史は今も鮮明に生きている。一方、元宗主国フランスではそうではない。当事国ではない国際社会では、当然のように忘れられている。というかそもそも、強国に踏みにじられたその歴史自体が知られていない。くわしくは本書4章をめくっていただきたいが、圧巻は、裕福な敗戦国フランスが貧しい戦勝国ハイチに課した、前代未聞の賠償金である。ついでに言うとハイチは、ベルギーの植民地となって荒廃したコンゴからエイズウィルスが世界に拡散する際の中継地となり、多大な感染者を出している(『エイズの起源』ジャック・ペパン)。これも「過酷な歴史」の一端だろう。

そのハイチを襲って30万6000人もの死者を出した災害から、いったいどうやってこの国を建て直せばよいのか。ファーマーら主に医師からなるチームは、この今世紀最悪の緊急事態にどう立ち向かったのか。これは、日本から見れば地球の裏側の小国で起きた悲劇で、我々には関係ないことなのだろうか。

本書にはしっかりした注がついており、使用した数字や情報の出典が明らかにされている。その中には動画もいくつかあり、音声は英語もしくはクレオールだが、映像を眺めて頂くだけでも文字では伝わらないものが伝わると思う。以下に2点ほどリンクを張った。是非ご覧いただきたい。

http://www.cbsnews.com/video/watch/?id=6108550n&tag=api
2010年1月17日放送のアメリカの報道番組「60ミニッツ」から、ファーマーへのインタビューと地震の惨状を伝える映像を12分弱に編集したもの(冒頭はコマーシャル)。
http://vimeo.com/13281822
コンクリートの下敷きとなり脚を失い義足となりながらも、医療者として再出発した女性たち(本書の登場人物)。冒頭の女性は、やはり脚を失った患者を歩いて見舞う。3分半ほどの動画。英語字幕つき。

出版情報紙『パブリッシャーズ・レビュー』3月15日号

タブロイド判出版情報紙『パブリッシャーズ・レビュー みすず書房の本棚』2014年3月15日号では、一面にP・ファーマー『復興するハイチ』を大きくとりあげ、國井修氏(世界エイズ・結核・マラリア対策基金戦略・投資・効果局長)にエッセイ「今世紀最悪の緊急事態に立ち向かう」をご寄稿いただいています。