みすず書房

ジル・クレマン『動いている庭』

山内朋樹訳

2015.03.11

(追記2015.08.25)

◆LANDSCAPEDESIGN No. 104でジル・クレマン特集

『ランドスケープデザイン』LANDSCAPEDESIGN 第104号(2015年8月23日発売)は、ジル・クレマン特集です。
「新たな修景思想への誘い ジル・クレマン連続講演会」「現代フレンチ・ランドスケープの一断面 ジル・クレマンの庭と公園」ともに文は山内朋樹(美学・庭園史/庭師)。カラー写真など多数。
株式会社マルモ出版『ランドスケープデザイン』 http://www.marumo-p.co.jp/SHOP/LD104.html

フランスの庭師ジル・クレマンの著作が初めて翻訳刊行されるこの機会に、総合地球環境学研究所(京都)の招聘のおかげで来日が実現した。ジル・クレマンと言えばアンドレ・シトロエン公園やケ・ブランリー美術館の作庭で知られ、母国フランスやイタリアでは実地の知恵と経験から思索をつむぐ思想家として、存在感を放っている。

初来日となった今回、東京(2月21日・日仏会館)、京都(23日・総合地球環境学研究所、28日・アンスティチュ・フランセ関西‐京都)で3回の講演を行った。第1回「都市のビオロジー」では、荒地や放棄地に生え茂る植物とその広がりをひとつの庭とみなすクレマン独自の視点「第三風景」について、第2回「地球という庭」では、地球自体が囲われた土地=庭であるという観点から、地球環境を捉えてみること、そのときに庭師である人間はどのように自然に手を入れていくか考える「惑星という庭」の観点、第3回「庭のかたちが生まれるとき」では、クレマンの自邸「谷」の野原での実験と観察から創り出してきた「動いている庭」についての講演を行った。どの会場にも開演前からあふれるほどの人が集まり、その場は熱気に包まれた。このクレマンが提起する三つの観点については、訳者の山内朋樹さんによる文章を読んでいただければと思う。
「惑星と庭の熱狂のあとで」REPRE vol. 21, 2014 http://repre.org/repre/vol21/note/01/

講演の谷間、東京での一日だけの自由時間に、私たち招聘チームはクレマンさんを東京のどこに案内しようか頭を悩ませていた。明治神宮、根津美術館など、都心に造られた並木や日本庭園のある場所が候補に挙ってはいたが、どうもしっくりこない。そんな時ポツリと、自身も庭師である山内さんがつぶやいた。「(いまこうして作っている)本で分かる通り、クレマンが日本に来て一番興味があるのは、日本の植物だと思うんですよね…」。そうだった、思わぬ盲点。さっそく講演会のパネリストの一人、造園家の田瀬理夫さんに相談すると、「ならば目黒の自然教育園がいいのでは」と教示してくださった。

朝10時、自然教育園の門の前で待ち合わせ、受付でチケットを買い(65歳以上は無料なので、クレマンさんは出入り自由)施設入り口の建物に入ると、さっそく新旧の東京を表す地図に見入っている。海岸線が埋め立てられ臨海地区の輪郭が膨れていく様は、とても奇異に映ったようだった。

歩くのが早いからついていかないと…

建物を抜け、樹木が植えられた戸外へ。そこで私たちはみな“あっ!”と思わず声をあげた。植物の名前を示す立て札にはひらがなの和名しか書かれていない。学名が表記されていない。そんな私たちの心配をよそにクレマンさんはまるで水を得た魚(?)のように両脇の植物を見やりながら早足ですいすい道を進んでいく。フキノトウ、アオキ、センリョウ、マンリョウ、エビネ…知っている植物をひとつひとつ確かめては立ち止まる私とは見えているものが違うようだ。

「あっちの枝は生きてるからだいじょうぶ」

分からない植物は田瀬さん(手には植物図鑑)にきく

立ち止まって木を見上げている。「この木は幹は生きているけど、あそこの枝が枯れている。木は幹と枝それぞれで遺伝子が違うことが最近の研究で分かってきているんだ。だからあっちの枝が枯死してもこっちの枝は生きている」「これはキヅタの一種だ、地面にはっている時は葉っぱが3つに分かれているけれど、上に這い登っていくようになると1枚の葉になる」。何を見ているんですか?と尋ねられると、「この雰囲気を。空気、湿度、木の生え方、色、茂り方…独特で興味深い」と大きな目をさらに見開いていた。内心、真冬ではなく春に来てほしかった、と思っていた私は、冬のこの季節の植物の静けさ、たたずまいを味わっているクレマンに何かを教えられた気持ちになった。

自然教育園から、お昼をはさみ、田瀬さんが造園を手がけた赤坂ガーデンシティへ。都心にあって、このビル周辺だけ明らかにモコモコと樹木が茂っている。田瀬さんが案内をしてくれる――「赤坂御用地の隣にあるので、あそこの木々と同じ種類の樹木をこちらにも使っています。そうすると、鳥が飛んでくるんですよ」。確かに、見上げるとあちこちで鳥が枝を揺らしている。薬研坂を少し下るとビルの側面に回り込むように昇る階段が現れる。階段の両脇にも、一見ただの生け垣のような植え込みに、多種多様な植物が使われているのが分かる。「土は細かい人口土を圧して固めてから穴を掘って木を植えています。工夫してはいるけれど、やっぱり肥料で早く育てている樹木だから色も枝の茂り方も堅い。自然に育った樹木はもっとふわっとして印象が柔らかいんですよね」と少し残念そうに語る田瀬さん。「ここの庭の管理はずっとやっておられるんですか?」と質問するクレマン、「フランスでは、設計して造ったらおしまい。ほんとうはそこからが庭の始まりなのに!」。田瀬さんも「そうですよねえ、でもどの国でもたぶん私たちの無念さは同じ」とポンポンと肩を叩いていた。

「全体の緑の色が柔らかいでしょう?」(左)
「できるだけ在来種を使っています」(右)

赤坂ガーデンシティを見学し、一休みしに近くのとらやへ。お盆にのった羊羹には美しい楊枝が添えられていた。山内さんが「この楊枝は黒文字を削ったもの、ほんのり柑橘系の香りがするんですよ」と教えてあげると、「ああ、さっきの教育園にも生えてましたね」とクレマンが言った。そう、学名が書かれていなくても、見やるように眺めるだけでも、クレマンにはおよそすべての植物が分かっていたのだった。

植物ばかりでなく動物(猫)・昆虫を見かけるたび、とたんにクレマンさんの表情はやさしく生き生きとするのだった。そのときに放たれる空気が、どんな言葉よりもクレマンの思想を物語っていた。