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2018.06.28トピックス

「全身芸術家」に肉迫したエッセイとインタビューの全貌

D・シルヴェスター『ジャコメッティ 彫刻と絵画』武田昭彦訳

「私はシルヴェスターとやったことをやっている、つまり輪郭の全部を消すことだ」
(1960年8月17日、矢内原伊作『完本 ジャコメッティ手帖 II』みすず書房 2010)

1960年8月5日、ジュネーヴ空港から飛行機を乗り継いでオルリー空港へ。タクシーでそのまま常宿のモンパルナスのホテルに向かい、翌日イポリット=マンドロン街46番地を訪れると先客がいた。デイヴィッド・シルヴェスターである。
進行中の画布を覗いた矢内原伊作の第一印象、「西郷隆盛のよう」とは言いえて妙だが、カフェでの休憩をはさんでモデルは交代し、ジャコメッティは胸像にとりくみはじめる。以後シルヴェスターが帰国するまでの10日間、昼(といっても夕方)は肖像画、夜は別のモデルで彫刻、のシフトで作業は進行した(その後は矢内原ひとりで昼は胸像、夜はタブローとなる)。
すでに3年、のべ150日間モデルを務めていた矢内原とは異なり、シルヴェスターがポーズをとったのはふたりが鉢合わせしたその年かぎりのことだった。しかしながらジャコメッティと知り合ったのは矢内原より7年ほど早く、ヘンリー・ムーアの秘書を辞した1948年、パリのミシェル・レリスのアパルトマンで邂逅している。以来アトリエに足しげく通い、1955年には小規模ながら本国イギリスでジャコメッティ展をキュレート、カタログのまえがきも執筆した。それが40年間公刊されることなく書きつづけられた本書ジャコメッティ論の端緒となるのである。

カタログ類を除いては、美術批評家シルヴェスターの著書で1冊まるごと取り扱われたアーティストはふたりしかいない。ジャコメッティ、そしてフランシス・ベーコン。後者についてはつい今月上旬、『肉への慈悲――フランシス・ベイコン・インタヴュー』(小林等訳、筑摩書房 1996)の文庫版(ちくま学芸文庫)がめでたく刊行されたばかり。聞き手としてのシルヴェスターの力量はそこでも十分にうかがえるだろう。
やはりシルヴェスターのキュレートによるテート・ギャラリーでの大回顧展(1965年)の前年、打ち合わせのためロンドンにやってきたジャコメッティはBBCのインタビューを受ける。聞き手はもちろんシルヴェスター。1976年、その一部が活字化されてカタログに掲載された(その後『エクリ』に再録)が、矢内原はつねづね「あのときのはこんなもんじゃない、もっともっと長いはずだ、それが読みたいんだ」と語っていたという。その全貌は、残念ながら矢内原没後に明らかになる。本書収録の「ジャコメッティ・インタビュー」である。
ときにアトリエで仕事中のジャコメッティを辟易させた「議論好き」だけに、追及の手をけっしてゆるめることがない。さまざまな話題にふれながらも「コピーすること」「似ること」をめぐって話は収斂、芸術家の証言がしぼりだされていく。そのスリルをぜひ味わっていただきたい。

ところでシルヴェスターの肖像、他とは違う点があり、顔や体がやや斜めに向いている(その理由は本書後半で種明かしされている)。正対を好むジャコメッティが強いられたこの「小津効果」について、今後もっと語られていいのではないだろうか?




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