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2016.09.27トピックス

刑法学の立場から、治安維持法の制定と運用の過程を明らかに

内田博文『治安維持法の教訓――権利運動の制限と憲法改正』

かつて、治安維持法というのは「危険」思想を取締るためのものであって、「健全」思想の持ち主のみなさんとは無関係ですと吹聴した時代があった。無理解・無関心こそは「専制と暴力」を育んだ土壌であった。

治安維持法は大正14(1925)年に制定され、昭和3年に改正された。昭和9年と10年に再度改正案が上程されたが議会での修正を受け入れず廃案、16年に新治安維持法が交布された。
敗戦まで20年にわたり、変容しつつ猛威をふるった治安維持法。本書は歴史研究による刑法学の立場から、帝国議会の記録と大審院判例をもとに制定と運用の過程を明らかにする。
あらゆる権利運動の抑圧を可能にした「稀代の悪法」はどのように実行されたのか、どうしたらふたたび治安維持法に類する法律が人々に課されることを防ぐことができるか。
法学的検証があまりなされてこなかった治安維持法の構造と役割を、時代の変化とともに分析する。

「濫用の危険性はないか」「学問の自由を阻害しないか」「国体の意味が不明確」「知識階級に不安を与える法律は国を滅ぼす」「世界の潮流から後れる」……治安維持法の制定にあたり、帝国議会では時間をかけて迫真の議論が闘わされた。さまざまな懸念が表明され、やがて現実になった。
法が可決されるや、国民への萎縮効果は直ちに現れた。戦時体制化が進み、「法の支配」の危機が強まるほどに、帝国議会からは法律案を批判する者、反対する者が急速にいなくなっていった。

治安維持法は共産主義ないし無政府主義を取締るための法律とされたが、「高度国防国家体制」における「思想の確立、統一」を図るという観点から、反戦主義はおろか、帝国憲法でも容認された個人主義や自由主義、民主主義なども標的とされた。
「支援集団ないし準備集団の目的遂行の為にする行為等」にひっかければ、共産党とは無関係でも取締りは容易であった。「国体の本義に反するが如き出版物、言論」を取締ることも治安維持法の目的として強調された。平和を志向する宗教団体も「国体否定又は神宮・皇室尊厳冒瀆事項流布目的結社」や「同目的集団」と見做された。いかなる臣民のいかなる行為も治安維持法違反に仕立て上げることが可能となった。処罰の網はすべての臣民に及んだ。(第11章)

最後の第11章では、治安維持法の教訓をふまえて現在の状況を考察する。
たとえば共謀罪について、著者の考える批判の論理は、
(1)共謀罪は日本国憲法に違反、(2)しかし政府は「テロ対策」という非常事態性(例外性)を強調して合憲化を図ろうとしている、(3)非常事態性の強調は治安維持法と同様である、(4)治安維持法は対象を幾何級数的に拡大した、(5)その結果、大日本帝国憲法にも違反、(6)共謀罪も実質は治安維持法と同様で権利運動などの抑圧が目的、(7)共謀罪の憲法違反性は国民の前に次第に明らかになる、(8)憲法改正により「合憲化」を図る、というものだ。
また自民党憲法改草案も9つのポイントから読み解いている。

本書に掲載する写真を求めて、治安維持法の下に生きたたくさんの人々の姿に出会った。
帽子をかぶり、一張羅を着て、あるいは職場の制服で胸を張っている印象を受けた。おそらく集会やデモは「晴れ」の日でもあったのだ。
デモの前列を歩く、困っている友人を助ける、特高にマークされている人を家に泊める、お金を貸す、拘束の危険を知りながら友人や恩人の葬儀に参列する、マルクス主義を勉強する、集会に参加する、主張を表現する、役職を引き受ける……
「一歩前に出る勇気」のあった人々が治安維持法の被検挙者だった。
家族が病気、親の反対、体調不良、仕事、農作業、多忙、貧困……「逃げる」「避ける」口実はいくらでもある。一歩突出するには、胆力・気力・知力が必要だ。
治安維持法の犠牲者の経験や挫折が戦後にもっと伝えられていたら、この国の政治・文化・情念の地脈となっていただろう。多くが闇の中で忘れられている。

治安維持法に見られる「専制と暴力」は多くの人たちの生活を奪った。植民地では命さえも奪った。しかし、治安維持法の犠牲となった方々も、その命の記憶が残る限り生き続けているといえないだろうか。今、私たちは七十年前の「専制と暴力」の記憶を受け取ろうとしている。現在によみがえったとすれば、犠牲者の方々は私たちに何を語りかけられるのであろうか。
彼らの「記憶」を未来に生かしていくことが私たちには課せられているのではないか。(「おわりに」より)

「公益及び公の秩序」のための人権制限はどんな社会を招くのか。
法による国民統制システムが出来上がり、声があげられなくなる日が来てからでは遅い。本書には「記憶のバトン」が託されている。


内田博文『治安維持法の教訓』(みすず書房)カバー

  • カバー写真は、宇智郡山蔭(やまかげ)村(現・奈良県五條市山蔭町)の小作争議。地主側の耕作地立ち入り禁止という措置にたいし、小作人・農民は農民組合のもとに対抗した。1926(大正15)年
    提供 法政大学大原社会問題研究所


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