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2018.04.16トピックス

世界的彫刻家が石を彫る手で紡いだ思索の軌跡

『イサム・ノグチ エッセイ』北代美和子訳

諸般の事情でずれてしまったけれど、『石を聴く――イサム・ノグチの芸術と生涯』『イサム・ノグチ エッセイ』は同時刊行を予定していた。それは端的にそもそものきっかけが前者にあって、訳者の北代美和子さんとともに発売前のプルーフで検討していくなかで気になりだしたのが後者だったということによる。
評伝中ノグチのテクストや発言の出典として頻繁にあがっていたのが――ニューヨークのイサム・ノグチ庭園美術館に保管された資料を除けば――『イサム・ノグチ ある彫刻家の世界』(原著1968年、邦訳1969年刊)とIsamu Noguchi: Essays and Conversations(1994年刊)。ノグチの単著はじつのところこの2冊しか存在しないのだから当然の結果ではあるが、『エッセイ』は発見といってよかった。ドーレ・アシュトン『評伝イサム・ノグチ』はそれ以前の刊行であり、ドウス昌代『イサム・ノグチ』では巻末の参考文献に掲げられていたものの、本文での引用頻度を確かめるすべはなかったからだ。そして評伝作者が的確に過不足なく引用しているとしても、であるがゆえになおさらアーティストの言葉をその前後のつらなり、アーティスト自身がしつらえた文脈のなかで読んでみたいとは誰しも思うことだろう。
早速原著を取り寄せてみたところ、大判ながら背幅20ミリ程度で文字もさほど詰まっていない。背幅40ミリをこえる評伝原著に比べれば適度なヴォリュームといえる。かくしてひとりの訳者が同時に進めることにより翻訳の精度や整合性が高まりもする一石二鳥的(?)企画が始まった。

『ある彫刻家の世界』は作品集を兼ねた自伝であり、降板するにいたったゴーストライターとのもめごとなど1冊の本を編むという重圧がノグチにのしかかっていたことは『石を聴く』に詳しい。その点、大方は各種メディアの求めに応じて――ブランクーシのいるパリへと旅立たせた若き日の「グッゲンハイム奨学金申請書」(1927年)から最晩年の「マーサ・グレアムとのコラボレーション」(1986年)まで――おりおりに綴られた文章をテーマごとに年代順に収録した『エッセイ』にそのような気配はみじんもなく、むしろペンは水を得た魚よろしく紙の上にインクを走らせていく。
たとえば、それこそ「ぼくはいかにして《あかり》ランプをつくるにいたったか、その物語は魚から始まる」。あるいは「ネヴァ・シャアナン――《静謐の住まい》と丘は呼ばれる。その名は聖書に由来する。十字架の谷の近く、ここに庭園をつくるよう依頼されたことは、古代の時をこえた世界にはいるのに似ていた」。いかにもエッセイストふうのクールな書き出し。さらに「無秩序とはわれわれの生をめちゃくちゃにし、それを耐えられないものにするあまりにもたくさん、ありすぎるたくさんなのである」といった茶目っ気たっぷりのフレーズが随所に顔を出す。
自作について明晰に、サービス精神を発揮して語るノグチ。むろん数多くおこなわれた異ジャンルのアーティストや建築家との共同作業にもふれられていて、まさにその経験が時を経るにつれ彫刻あるいは芸術一般への考察に深さと変化を与えていったことが見てとれるだろう。そして「大地を彫刻するという発想」に導かれたランドスケープデザインがたんに東西の融合という言葉では片づけられない独自の境地であることも。
ともに20世紀を代表する彫刻家――ジャコメッティに『エクリ』があるように、ノグチには『エッセイ』がある。過ぎ去らない過去からの言葉の贈り物。ぜひ味わっていただきたい。

最後に『石を聴く』の著者について補足を少々。ヘイデン・ヘレーラは以前にノグチにゆかりのある芸術家の評伝を手がけている。映画の原作にもなったフリーダ・カーロ伝(1984年、邦訳1988年刊)とピューリッツァー賞候補になったアーシル・ゴーキー伝(2003年刊)。したがってノグチ伝(原著2015年刊)は満を持しての刊行、ただし40代半ばでこの世を去った「恋人」や「親友」とは異なり20世紀をまるごと生きたノグチという対象は新たな挑戦であったにちがいない。そのことはアーティストとしての新たな展開が生涯後半にあったことを強調する序章からもうかがえる。
なお、フリーダ伝執筆にあたってヘレーラはロングアイランドのアトリエを訪れてノグチに直接取材していた。ディエゴ・リベラがピストルをふりかざしたという「危険なロマンス」について当事者の証言を、そしてノグチが病床のフリーダに贈った蝶の標本箱をめぐる美しいエピソードを得たのはこのインタビューによる。1977年、いまから40年前のことである。


『イサム・ノグチ エッセイ』北代美和子訳(みすず書房)カバー

展覧会 巡回中

「20世紀の総合芸術家イサム・ノグチ――彫刻から身体・庭へ」

  • 大分県立美術館 2017年11月17日(金)-2018年1月21日(日)
  • 香川県立ミュージアム 4月7日(土)-6月3日(日)
  • 東京オペラシティ アートギャラリー 7月14日(土)-9月24日(月)


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