みすず書房

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ジョン・グレイ『わらの犬』

地球に君臨する人間 池央耿訳

環境問題の切実さを訴える議論は、いまや目白押しだ。思想、哲学、歴史、自然科学、政策、その総論各論が論じられ、私たちの意識も高まりつつある。

『わらの犬』は、そこにどんな「一石」を投じられるだろう? 英語で刊行されると(2002年)同時に、なぜ大論争を巻き起こしたのか?

著者のグレイは、現代人が「ここまで来てしまった」のはなぜか、「手遅れ」になるまで地球環境を放置するにいたった原因を、過去に蓄積された思想哲学の沃野に分け入って、徹底的に洗い出す。そこで明らかになるのが、「科学技術とキリスト教とを両輪に、疾駆してきた人類」の姿だ。

私たち日本人にとって、「科学技術」はわかる。しかし「キリスト教」は、一見西欧の価値観で、身につまされる問題になりにくい。しかし、「疾駆してきた人類」の進歩信仰に、日本人もどっぷり浸かっているのは事実で、キリスト教が培った価値観を、無意識のうちにどれほど深く共有しているかを知ると、愕然とするだろう。

他方、環境問題をめぐって、東洋の思想を再考する著作もかなり出ているようだ。グレイも老子、荘子を引用している。

小社の最近の刊行書からもご紹介できる。大井玄『環境世界と自己の系譜』(2009年)は、倫理意識の問題として江戸時代の自然についての考え方に触れている。

またテツオ・ナジタ『Doing 思想史』(2008年刊行)も、二宮尊徳の新しい読み方、安藤昌益の評価その他に、「自然の文法」「権利を持たない自然」についての思索を展開している(なお『Doing 思想史』については、先週10月20日『朝日新聞』朝刊のコラム「定義集」で大江健三郎氏が触れておられる)。

さらにパルマー『環境の思想家たち 上――古代-近代編』(2004年)にも荘子が論じた「自然環境に対する人間のふるまい」が取り上げられている。

これらの遺産についても、もっと知りたい。しかし喫緊の課題は、グローバリズムに染め抜かれた現状の実像、歴史、問題の本質を、まずよく知ることではないか、という思いが強い。衝撃的で日本でも論争を呼びそうな一書、お薦めです。




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