みすず書房

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J=C・シュミット『中世の幽霊』

西欧社会における生者と死者 小林宜子訳

みすず書房から1996年に『中世の身ぶり』(松村剛訳)が刊行されたとき、日本でシュミットの名を知る人は、まだ専門家に限られていたように思う。アナール学派の第四世代としては、ロジェ・シャルチエ、アラン・ブーロー、ミシェル・パストゥローといった人たちの著書が、何冊も翻訳されているなかで、同世代で活躍しているシュミットの紹介は遅れていた。

幸い『中世の身ぶり』は好評をもって迎えられた。当時の書評から書き抜いてみよう。「この著者ならではの犀利な分析や、諸種の史料への精通・博識ぶりと相俟って、本書は身振りを主題にした最初の総合的史書として、中世史研究者のみでなく、広い読者の興味をそそることであろう」(池上俊一)と専門家が予言したとおり、たとえば「西欧社会がまるで強迫的といえるくらいにこだわりつづけてきた身体の探究と管理の歴史がその根っこのところで押さえられている」(鷲田清一)という哲学の側からの受けとめられ方もした。亡くなった須賀敦子さんが、病室に『中世の身ぶり』を置いて、ていねいに読んでおられたことも思い出される。その後も『中世の迷信』などの翻訳が出版された。

その頃に著者の最新刊だったのが、この『中世の幽霊』である。翻訳と編集に思いのほか時間を要したけれども、こうして一巻となった本書はやはり、その骨太の構想と緻密な史料分析によって、「死者たちの帰還」をめぐる「歴史」をくっきりと描き出している。キリスト教による幽霊理論を最初に打ち立てたアウグスティヌスは「幽霊が出現しても、それは死者の身体でもなければ霊魂ですらなく、単に死者の「霊的視像」が現れたにすぎない」と喝破した。悪霊によって、夢の中に侵入させられたものだというわけである。

ところが、その「幽霊」は抑圧されたままではいなかった。以降の中世を通じて、アリエスのいう「飼いならされたイマジネール」に向かって、一人きりであるいは行列をなして、あの世から、煉獄から、戻ってくるのだ。「中世西欧歴史人類学グループ」で主導的な立場にあるシュミットは、さまざまな驚異譚や幽霊譚、そして残された図像を引用し解読している。そして、民俗的モティーフが歴史的瞬間の「現在」の中でいかに再編成され、社会的な意味を帯びるに至ったかを分析する。その領域を横断する手つきは、読む者を魅了してやまない。




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