みすず書房

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J・ベアード・キャリコット『地球の洞察』

多文化時代の環境哲学 〈エコロジーの思想〉
山内友三郎・村上弥生監訳
小林陽之助・澤田軍治郎・松本圭子・渡辺俊太郎訳

「現代エコロジー大全」ともいえる大冊である。

たとえば、ヒンドゥー教の一元論(梵我一如)や仏教の涅槃、道教の道(タオ)が、現代の生態学的な全体論と親和的であるということは、比較的よく知られている。だが、儒教における社会慣習としての「礼」が、個人は社会という諸関係の総体のなかの集束点である、という意味で、ひろく生物共同体のなかの「礼」としても拡大できるという考え方は、かなり斬新で創造的な読み換えと言えるのではないだろうか。

さらに、ポリネシアの人びとのアニミズムと農業生態系、アメリカ・インディアンの「万物内在神論」ともいうべき形而上学、アマゾン川流域の先住民による持続可能な複合経済、アフリカの農耕民族や狩猟民族にみられる人間中心主義的な生物共同体主義、オーストラリアのアボリジニの動物と親族と土地が一体になったドリームタイム(神話)、といった土着の環境思想は、環境倫理の文脈でもこれまであまり知られていなかったものである。しかも、こうした土着の伝統的な自然観が、相対性理論、量子論、進化論的生態学といった現代の科学的自然観ともじつによく符合するという事実は、本書があきらかにした重要な知見である。

さて日本はどうか。日本がとくに江戸時代の長きにわたって、自然環境に配慮した持続可能な循環型社会を築いていたことは、いまでは欧米でもよく知られている事実である。しかし現代では「精密な社会学的調査を見ると、北米の人々に比べて、日本人には原生自然についての知識や関心がはるかに乏しいことがわかる。日本の工業地帯は汚染で有名であり、日本の都市部の空気はスモッグとほこりで汚れている。現代の公害病の多くがはじめて発見されたのは日本である。(…)日本の材木会社は、東南アジアの熱帯雨林の破壊に中心的な役割を果たしている。日本の流し網漁は世界中を荒らしまわっている」。

キャリコットはこうした事実を「一つの逆説」と呼んである。しかしながらキャリコットは、華厳や禅の思想に典型的に顕れた「日本人の精神に見られる自然と文化の独特の融合」にあくまで注目しつつ、この新たな世紀は日本にとっての「エコロジー維新」となって、日本人が「この惑星の環境を保全する指導的な立場」に立つことに、大きな期待を寄せている。わたしたちがこうした期待に応えるためには、まず本書を繙き、人類がこれまで培ってきた多様な環境哲学を、よく理解し学ぶことから始めなければならない。




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