みすず書房

フランクル『夜と霧』から (9)

読み広げる 2018年夏の読書のご案内

2018.07.26

フランクル『夜と霧』について

精神科医ヴィクトール・E・フランクルが、ナチス・ドイツの強制収容所に囚われたみずからの体験をつづり、極限状況におかれた人間の尊厳の姿を余すところなく描いた『夜と霧』。世紀をこえ、世代をこえて、読み返され、読みつがれています。
夏休みの青少年読書感想文全国コンクールにも、おもに高等学校の部の自由図書に毎年のように選ばれ、そこから年々すばらしい作品が生みだされています。

『夜と霧』には、池田香代子訳の「新版」(2002年刊)と霜山徳爾訳(初版1956年刊)のふたつの版があります。両方が並行して版を重ねるというたいへん異例の出版です。
新版は、この永遠の名著を21世紀の若い読者にも伝えつづけたいという願いから生まれました。フランクル自身が大幅な改訂をほどこした1977年のドイツ語版にもとづく、真新しい翻訳です。 …続きを読む »

『夜と霧』のふたつの版はどちらも、現在は電子書籍として配信もしています。

『夜と霧』から読み広げる読書案内

2007年以来、フランクル『夜と霧』から読み広げる読書案内を考えてきました。この夏は、昨秋刊行したレニングラード包囲戦下の16歳の少女の日記『レーナの日記』をご紹介したいと思います。

おなかいっぱい食べることを夢見ながら書きつづけた16歳の少女の日記

エレーナ・ムーヒナ『レーナの日記』佐々木寛・吉原深和子訳

1941年9月、ナチス・ドイツ軍が市民250万人の暮らすレニングラードを包囲。飢餓が始まり、「レニングラード封鎖」は872日間におよんで80万人以上が犠牲となります。
レニングラード第三十学校に通う生徒だった16歳のレーナは、おなかいっぱい食べることを夢見ながら、日記を書きつづけます。本名エレーナ・ムーヒナ。レーナというのは愛称です。

ついにわたしの誕生日だ。今日、17歳になった。熱を出して、ベッドの中でこれを書いている。アーカは、なにかのオイルと穀物あるいはマカロニを探しに出かけた。いつ帰るかわからない。もしかしたら手ぶらで戻るかもしれない。でもうれしいことに、アーカは今朝、わたしの分のパン125グラムと、キャンディを200グラム渡してくれた。パンはもうほとんど食べてしまった、125グラムがなんの足しになるというのか、ほんの一切れじゃないか。でもキャンディはあと十日は持たせなければ。最初は一日に3個ずつの予定だったのに、もう9個も食べてしまた、こうなったら今日はわたしのお祝いなのだから、あと4個食べることにして、あしたからは規則を厳守して、一日に食べるのは2個と決めた。
(1941年11月21日)

今朝起きたときはろうそくの明かりだった。電気は消えてしまった。登校したら、同じ話だ、真っ暗だった。一時間目は物理学、それからテスト。授業の途中で、ラム酒入りのキャンディが1個ずつみんなに配られた。それから代数学と歴史。歴史の授業中に健康診断があって、そのあとクラス全員にゼリーの配給券が配られた。それから授業が終わる3分前に、空襲警報が鳴った。今回はそれほど長くは防空壕にいなかった。解除の合図。すかさずコートを脱いでから、ゼリーをもらいに食堂へ走った。食堂につづく廊下は暗くて、また電気が消えてしまったのだ。
(11月29日)

ママとできるだけエネルギーを使わないように、なるべく座るか、横になるようにしている。学校がまだしばらくお休みなのは、とても助かる。今は勉強どころじゃない、かろうじて生命の火が消えずにいるというのに。
冬休みは15日まで延びた、でももっと延長されるという噂だ。延長する理由はわからないが、どっちにしろ、それが一番都合がいい。
ママのことがとても心配。
(1942年1月10日)

朝起きてしばらくは、ママが本当に死んだとはどうしても理解できない。ママはここにいる、ベッドに寝ていて、今にも目を覚まして、戦争が終わったらどんなふうに暮らすか、一緒におしゃべりするような気がする。しかし恐ろしい現実はどうすることもできない。ママはいない!
(2月13日)

これからは日記を新しい形式で書くことにした。三人称で書くのだ。小説みたいに。そうしたら日記も、本のように読むことができるだろう。
(4月30日)

えんどう豆のお粥を食べ終わると、レーナは中庭をいくつも抜けて家に向かったが、ゴミ捨て場に、柔らかそうな若葉が茂っているのに気がついた。屈んでみると、まさに芽吹いたばかりのイラクサだった。背丈もまだわずかで、ちっぽけな葉が3枚ついている。レーナはこれを摘んで袋に詰め、帰宅して鍋に入れてみると、鍋一杯分あった。サーシャおばさんの所へ行って、イラクサのスープの作り方をたずねると、ちょうどそのスープを作っているところだった。作り方はとても簡単だった。まず湯通しをして、それから細かく刻んで、煮るだけだ。レーナは今晩「家で」肉の入ったイラクサのスープを作ることにした。
(5月25日)

本のカバー写真は、レーナのクラス写真(1941年6月撮影)。最後列の左から3人目がレーナです。

フランクル『夜と霧』池田香代子訳[新版](みすず書房)カバー

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