トピックス
フランクル『夜と霧』から (4)
2012年夏の読書のご案内
パウゼヴァング『そこに僕らは居合わせた』、ギルバート『ホロコーストの音楽』、そして普通のひとびとの声
精神科医ヴィクトール・フランクルが、ナチス・ドイツの強制収容所に囚われたみずからの体験をつづり、極限状況におかれた人間の尊厳の姿を余すところなく描いた『夜と霧』。世紀をこえ、世代をこえて、読み返され、読みつがれています。

夏休みの青少年読書感想文全国コンクールにも、おもに高等学校の部の自由図書に毎年のように選ばれ、そこから年々すばらしい作品が生みだされています。さらに2011年3月11日の東日本大震災ののち、生きる意味をもとめる『夜と霧』は、さまざまの場で紹介され、例年にもましていっそう読まれてきました。
今年8月は、NHK Eテレ(教育)水曜夜の番組「100分 de 名著」でも、フランクル『夜と霧』がとりあげられます。放送予定は第1回「絶望の中で見つけた希望」8月1日(水)、第2回「どんな人生にも意味がある」8日(水)、第3回「運命と向き合って生きる」15日(水)、第4回「苦悩の先にこそ光がある」22日(水)、それぞれ午後11:00‐11:25(再放送は翌週水曜午前5:30‐5:55/午後0:25‐0:50)です。NHKテキスト『100分 de 名著 フランクル『夜と霧』』(編集=日本放送協会・NHK出版、著者=諸富祥彦)も発売されています。
- 『夜と霧』新版(池田香代子訳)はこちら
- 『夜と霧』(霜山徳爾訳)はこちら
- 『夜と霧』のふたつの版の翻訳刊行について
- [フランクルの伝記]クリングバーグ・Jr『人生があなたを待っている』 1 はこちら
- [フランクルの伝記]クリングバーグ・Jr『人生があなたを待っている』 2 はこちら
2007年以来、『夜と霧』から読み広げる読書案内を考えてきました。昨年は「語りつぐ」ことをめぐって、昨夏の新刊二冊をご紹介してみました。一冊は、親の世代がホロコーストを体験したかつてのポーランド生まれの少女、もう一冊は、予科練に志願し入隊して戦争には行かないまま一年半後に終戦をむかえたかつての15歳の日本の少年が、大人になり何十年という年月を生きて考え、書き上げた本(エヴァ・ホフマン『記憶を和解のために』、宮田昇『敗戦三十三回忌』)でした。
- 昨夏のトピックス「フランクル『夜と霧』から(3)」はこちら
【語りつぐこと、想像すること】 - 2010年夏のトピックス「フランクル『夜と霧』から(2)」はこちら
【書き手がさぐる戦争のかたち】 - 2009年夏のトピックス「北御門二郎『ある徴兵拒否者の歩み』」はこちら
【戦争体験をつづる手記】 - 2008年夏のトピックス「フランクル『夜と霧』から」はこちら
【ヒロシマ・ナガサキと原爆、水爆、核兵器をめぐって】 - 2007年夏のトピックス「フランクル『夜と霧』」はこちら
【ホロコーストを知るには、フランクルについて知るには】
今年はやはりこの夏あたらしく刊行される二冊をご紹介しながら、去年の「語りつぐ」につづいて、その時代を日常として生きた、普通のひとびとの声に耳をすましてみたいと思います。

「だって…あれは動物じゃない…人間だよ!」(第6話 追い込み猟)
「私は本当のことが知りたいの!」「おじさんはブーヘンヴァルト強制収容所の看守だったのよ」イルムガルトおばさんは、ため息をついた。(第14話 アメリカからの客)
グードルン・パウゼヴァング『そこに僕らは居合わせた』(高田ゆみ子訳)は、十代の少年少女の目に映ったナチス・ドイツの時代を伝える、20の物語を収めます。副題は「語り伝える、ナチス・ドイツ下の記憶」。その物語はどれも、心の痛みをおして、戦後60年をへて、ようやく語りだされたものなのです。
十代といえば、もっと幼かった子どもたちとはちがって記憶はじゅうぶんにあります。感受性豊かで、しかし戦争に直接には加担しない年齢です。その世代の普通のドイツ人の証言は、これまでほとんど明らかにされてきませんでした。
ちょうど孫の世代にあたる今の子どもたちに向けて、ひとり語り始められる物語もあれば、学校で習ったナチスの時代の史実を問いただす子に答えて始まる物語もあります。あのとき私たちはそこにいた、ドイツのどこにでもある町や村で、両親や祖父母や、おじにおば、学校の先生や隣家のひとたちに囲まれて暮らしていた……
20篇のひとつひとつは、たいへん短い物語です。今ちょうど十代の日々をおくる中学生、高校生のかたたちに、ぜひ読んでいただきたいと思っています。そして大人のかたには、もうすこしちいさい小学生くらいの子どもたちに向けても、お話をきかせてあげていただけたらと心からねがっています。

同じ高田ゆみ子訳で、ブルッフフェルド/レヴィーン『語り伝えよ、子どもたちに』という本も出ています。スウェーデン政府が、国民、とくに若い世代に向けて、ヨーロッパでおこったホロコーストの真実を伝えようとするプロジェクト「生きている歴史」を発足させ、その成果がこの本になって、ドイツをはじめ各国語に翻訳されています。
今年2012年の夏の終わりにもう一冊、シルリ・ギルバート『ホロコーストの音楽――ゲットーと収容所の生』(二階宗人訳)の刊行を予定しています[2012年9月10日に刊行されました]。
たとえ極限状況のなかでも、音楽は響き、ひとは歌う。だから、歌われた歌、奏でられた音楽は、当時ひとびとが直面した現実の多様性や経験の複雑さ、コミュニティの内側と個人の内面――恐怖や不満や不信や愛着、郷愁、願望、あこがれを、うかがい知るかけがえのない手がかりとなるのです。

ワルシャワ・ゲットー蜂起前夜の大道芸や合唱団。アウシュヴィッツのオーケストラ。資料として楽譜34点をも収めています。ホロコースト研究に新たなパラダイムをひらいたと高く評価される本です。

「夏の読書のご案内」
- 2018年夏のトピックス「フランクル『夜と霧』から(9)」
エレーナ・ムーヒナ『レーナの日記』 - 2016年夏のトピックス「フランクル『夜と霧』から(8)」
G・パウゼヴァング『片手の郵便配達人』
E・ヴィーゼルの訃報と『夜』
V・E・フランクルの新装復刊
月刊『みすず』7月号の2篇より - 2015年夏のトピックス「フランクル『夜と霧』から(7)」
S・ヴィレンベルク『トレブリンカ叛乱』近藤康子訳
N・タース『動くものはすべて殺せ』布施由紀子訳 - 2014年夏のトピックス「フランクル『夜と霧』から(6)」
野呂邦暢『夕暮の緑の光』『白桃』
山本義隆『世界の見方の転換』全3巻 - 2013年夏のトピックス「フランクル『夜と霧』から(5)」
M・オランデール=ラフォン『四つの小さなパン切れ』高橋啓訳 - 2012年夏のトピックス「フランクル『夜と霧』から(4)」
G・パウゼヴァング『そこに僕らは居合わせた』高田ゆみ子訳
S・ギルバート『ホロコーストの音楽』二階宗人訳 - 2011年夏のトピックス「フランクル『夜と霧』から(3)」
E・ホフマン『記憶を和解のために』早川敦子訳
宮田昇『敗戦三十三回忌』 - 2010年夏のトピックス「フランクル『夜と霧』から(2)」
羅英均『日帝時代、わが家は』小川昌代訳
ノーマ・フィールド『へんな子じゃないもん』大島かおり訳
千田善『戦争はなぜ終わらないか』
T・ガートン・アッシュ『ファイル』今枝麻子訳
益井康一『漢奸裁判史』[新版]劉傑解説 - 2009年夏のトピックス「北御門二郎『ある徴兵拒否者の歩み』」
北御門二郎『ある徴兵拒否者の歩み』
田中眞澄『小津安二郎と戦争』
E・W・リンダイヤ『ネルと子どもたちにキスを』村岡崇光監訳
野田正彰『虜囚の記憶』
矢内原伊作『矢内原忠雄伝』
同志社大学人文科学研究所編『戦時下抵抗の研究』全2巻 - 2008年夏のトピックス「フランクル『夜と霧』から」
大石又七『ビキニ事件の真実』
M・ハーウィット『拒絶された原爆展』山岡清二監訳
ノーマ・フィールド『天皇の逝く国で』大島かおり訳
F・ダイソン『科学の未来』はやし・はじめ/はやし・まさる訳
『仁科芳雄』玉木英彦・江沢洋編
朝永振一郎著作集 4 『科学と人間』/5 『科学者の社会的責任』 - 2007年夏のトピックス「フランクル『夜と霧』」
【ホロコーストを知るには、フランクルについて知るには】
ブルッフフェルド/レヴィーン『語り伝えよ、子どもたちに』高田ゆみ子訳
F・ティフ編著『ポーランドのユダヤ人』阪東宏訳
E・リンゲルブルムの『ワルシャワ・ゲットー』大島かおり訳
E・ヴィーゼル『夜』村上光彦訳
I・カツェネルソン『滅ぼされたユダヤの民の歌』飛鳥井・細見訳
R・クリューガー『生きつづける』鈴木仁子訳
H・クリングバーグ・ジュニア『人生があなたを待っている』全2巻 赤坂桃子訳
V・E・フランクル『死と愛』霜山徳爾訳
『フランクル・セレクション』全5冊