みすず書房

アンドレイ・シニャフスキー『ソヴィエト文明の基礎』

沼野充義・平松潤奈・中野幸男・河尾基・奈倉有里訳

2013.12.25

ときはスターリン時代。こんな逸話がある。監房で三人の男が顔をあわせ、投獄された理由を互いに尋ねる。一人が、ソヴィエトの名高い評論家にして政治家カール・ラデックを罵倒したからだというと、二人目は、カール・ラデックを賞賛したからだと言う。すると三人目の囚人が悲しげに言う、私がカール・ラデックです……(似たような話は本書と同日に刊行したグロスマン『万物は流転する』にも出てきます)

また、著者シニャフスキーが40年間暮らした共同アパートの話では、電気代を誰がいくら払うか、共有廊下を誰がどのくらい掃除するかをめぐる勝利不可能・沈静化不可能な全面戦争が繰り広げられる。さらに、「キッチンで料理をするとき、主婦はみな鍵つきの鍋を使う。だからスープをスプーンでかき混ぜるときや肉料理の味見をするときは、毎回鍵を開け、それからまた鍵をかけるのである。なぜなら主婦も食べ物が煮えている最中ずっとキッチンに居つづけることはできないからだ。そして彼女が自分の部屋に引き揚げている間に、隣人が肉を盗むかもしれない。おなかがすいているからではなく、たんに嫌がらせのためである。あるいは何か良からぬものをこっそりスープに混ぜもするだろう。余計な塩だとか、床のごみだとか、あるいは手っ取り早く隣家の食物につばを吐き入れることだってできる」。

さらに、革命前にはありえなかった子供の名前の数々。女の子の名前として「レーニナ」「ウラジーレナ」「スターリナ」「スターリニナ」「マルクシーナ」「エンゲルシーナ」。このあたりはわかるだろうが、レーニンの電化政策が広まった頃には「エレクトリフィカーツィヤ」という名の女の子が、工業化・集団化の最盛期には「トラークトル(トラクター)」と名づけられた男の子もいたそうだ。

このように、本書にはトリヴィアにみえながらも市井のきわめてリアルな話が満載されているいっぽう、ソヴィエト国家のあり方やロシアという歴史風土の本質についての分析までじつに説得的に描かれ、読者をぐんぐん引き込んでいく。スターリン亡き後、フルシチョフのスターリン批判があったにもかかわらず、同じ構造がブレジネフ時代、ペレストロイカの直前までつづいたのは、いったいなぜなのか。

1988年にパリでフランス語版のかたちで最初に刊行された本書が現代の古典たりえているのは、頻繁に引用される文学作品のすばらしさにもよる。しかるべき箇所でしかるべき文学作品を引用するシニャフスキーの手腕の見事さがあってのことだが、御用作家の作品であれ、反国家的作家の作品であれ、時代と人間を鮮やかに表現する文学の力には圧倒される。そこに秘められたリアリティは、時代を超えてわれわれに迫ってくる。

『ソヴィエト文明の基礎』は文学の意味、芸術作品の価値をあらためて教えてくれた本でもあった。