みすず書房

空間の彫刻家、評伝の決定版

ヘイデン・ヘレーラ『石を聴く――イサム・ノグチの芸術と生涯』北代美和子訳

2018.03.12

(本書「序章」を以下お読みになれます)

1955年秋、パリに建てられる新しいユネスコ本部ビルディングのチーフアーキテクト、マルセル・ブロイヤーがイサム・ノグチに《各国代表のためのパティオ》をデザインしないかともちかけた。ノグチは例によって仕事を拡大し、隣接する庭園も含めることにした。通称「日本庭園」はノグチの彫刻家人生のターニングポイントだった。ユネスコ本部の仕事を委託される前のノグチは、1930年代においては成功した肖像彫刻家であり、1940年代には石のスラブを切断してスロットで嵌めあわせた彫刻が批評家、美術商、美術館の注目を集めていた。日本における1950年代はじめの展覧会と作品の委嘱は、父親の国でノグチを有名人にした。だがユネスコの庭園はノグチを続く数十年間の重要な公共プロジェクトへと導く名声をもたらしただけではなく、自分がつくりたい彫刻とはなにかを教えもした。ノグチは自伝にこう書いている。「ぼくは庭園を、空間を彫刻することとして考えたい。つまり彫刻の経験と使用の新たなレベルへの出発点であり、手探りでの探求。すなわち個々の彫刻をこえた全体的な彫刻空間の経験。人間はそのような空間にはいりこむこともできる。それは人間と釣りあっている。それは現実(リアル)だ」

しかし、このパリの庭園デザインは彫刻空間についての新たな考え方以上のものだった。制作にかかった2年間は重要だった、とノグチは語る。なぜならば、その2年間はノグチを「より深く日本に傾倒し、石で創作することに」導いたからだ。デザインが形をなすにつれて、ノグチは石によって天上の世界と地上の世界を結びつけられることに気づいた。石を「物質の核心との直接的つながり――分子的つながり」と呼んだ。「石を叩くとき、ぼくはあるがままのわれわれのこだまを聞く。それから宇宙全体が反響する」。日本で過ごした子ども時代から、ノグチは庭園に配された石は草木よりも大切であることを知っていた。石は庭園の骨組みである。禅寺の庭のなかで、熊手で紋を引いた砂から姿をあらわす石たちは、海から立ちあがる島のようなものだ。「平安は石によって庭園のなかに確立されることを日本人は学んできた」とノグチはユネスコ庭園開園の数ヵ月前、あるインタビューで語っている。「それは彫刻家としてのぼくにとって、謙虚さのレッスンだ。もし石が、ぼくが手を触れる前のほうがよいのだとしたら、そこになにかぼくのなすべきことがあるだろうか?」。この姿勢が晩年の20年間、石を彫るのと同じだけの時間、石に耳を傾けて過ごすようノグチをうながした。

1957年4月、ノグチはパリの庭園のための石を求めて日本に旅をした。京都で造園家、庭園研究家の重森三玲に出会う。重森はノグチを四国の山岳地帯に連れていった。ノグチは降りしきる雨のなか、2日のあいだ、渓谷深くの小川の流れからきらきらと輝きながら頭をのぞかせる巨石によじのぼった。自分に語りかけてくる石を見つけると、番傘の下で歓声をあげた。ノグチは80個の石――総重量88トン――を選んだ。それらは「とても明るい青で、(…)きれいすぎるくらいで(…)ぼくがとったのはもっと平たいような感じで、ちょっと軽い、跳んでいるというか、明るくて喜んでいるような、踊っているような感じになるかもしれない 」。ノグチとともに仕事をした石工たちはその貪欲さに目を見張った。ノグチは石探しに興奮していた。日本人が「石釣り」と呼ぶものが情熱の対象のひとつとなった。

青石は徳島の沿岸地域に運ばれ、ノグチと重森は4日間を費やして、ノグチがあらかじめ考えていた設計図にしたがって――重森は賛成しなかったが――石をいろいろと動かし、組み合わせた。石たちは空間に句読点を打ち、散策者たちの歩みを導き、驚きをあたえる。これ以降、石はノグチを支配する情熱となった。「時の偶然の彼方に石の最終的な現実を発見するために、ぼくは物質の愛を追い求める。石の物質性、その本質、そのアイデンティティを明らかにするために――押しつけられるものではなく、だがその存在により近いなにか。肌の下には物質の輝きがある」。長い歳月を経て存続し、時を耐え抜いてきた石は、ノグチに時の流れと対峙するひとつの方法を提供した。

石への熱狂が高まるにつれてノグチはひとつひとつの石の個性にしだいに敏感になっていった。「石たちは人間と同じだ。他の石たちよりも生き生きとしている石たちがいる……それらは急ぎ足で進んでいるようにみえる」。石を彫っている、あるいは動かしているときのノグチの写真に映るのは熱い対話に沈みこむひとりの男の姿である。ユネスコの仕事についてのエッセイで、ノグチはこう語った。「ぼくが力をつくしたのは、日本人を通して歴史の黎明からぼくらにまで受け継がれてきたこの石の儀式をぼくらの近代(モダン)という時代とその必要性につなぐ道を見つけることだった。日本では石たちへの崇敬は自然の鑑賞へと変化した。彫刻のエッセンスの探求は、ぼくを同じ目的地に運ぶように思える」

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H・ヘレーラ『石を聴く――イサム・ノグチの芸術と生涯』北代美和子訳(みすず書房)カバー

展覧会 巡回中
「20世紀の総合芸術家イサム・ノグチ――彫刻から身体・庭へ」

  • 大分県立美術館 2017年11月17日(金)-2018年1月21日(日)
  • 香川県立ミュージアム 4月7日(土)-6月3日(日)
  • 東京オペラシティ アートギャラリー 7月14日(土)-9月24日(月)