みすず書房

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新川和江『詩が生まれるとき』

[5月20日刊]

詩は大地からの収穫物


新川和江さんが、女学校卒業と同時に結婚をして、夫と二人で郷里の茨城から東京へ移住してきたのは、1948年の秋でした。「青い縁飾りのあるガラスの金魚鉢と、冬を生きのびた一匹の金魚が唯一の置物だった、六帖ひと間のつましい暮らし」。そんな暮らしのなかで書かれた次の詩は、新川さんの第一詩集『睡り椅子』(1953年)に収録されています。

きらめく裳裾をひるがへし ひるがへし
冬の金魚の
いのちのかなしさ
(「冬の金魚」より)

爾来50有余年。書きつがれてきた膨大な新川詩の一篇一篇に、書かれた時と場所、出会った人びと、そしていのちへの想いが詰まっています。「わたくしは天から日を盗んだ/月を盗んだ 大気を盗んだ」で始まる詩の発生の場所は、なんとタクシーの後座席。仕事で夜釣りに出掛けられなかった運転手さんが、口惜しまぎれに漁師を“ドロボー”に譬えた話がきっかけです。新川さんはそこから、「なんと私たちは多くのものを、天から地から、お礼も言わずにだまって頂戴してきたことだろう」と思いいたります。

開闢いらい開けっぱなし とらせ放題の
天の下に住んで
地の上に在って
(「日録」より)

新川さんが40代のころの名作「オード3部作」は、「私を生命あるものとしてこの地上に在らしめてくれている土と火と水に挨拶の詩を書いて置かねば」という思いから、一気呵成に仕上げられました。『土へのオード13』を繙いてとりわけ感じるのですが、新川さんにとっての“詩”とは、大地からの収穫物ではないでしょうか。そして“人間”もまた。

森では木の実が
豆畑では 豆が
莢の中にいちれつに並んで
思案している
(……)
わたしの中にも
ひとつの思いが実りつつあって
やがて
一篇の詩が熟して落ちる
(「季節」より)



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