みすず書房

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明石政紀『ベルリン音楽異聞』

本書では、音楽を主題とした歴史の深部をめぐる逸話の数々が紹介される。これら事実の細部がドイツ文化史の複雑多様性を描き出している。第II部では、言及したテーマにかかわる場所を訪れ撮影した50点近い写真を収録、解説を付す。現在の生活風景の中にある過去の事件の痕跡を訪ね、生々しい歴史の記憶を映し出している。

たとえば、アウシュヴィッツの音楽。

「音楽との絡みで言えば、例のバッハ演奏の場面よりもずっとショッキングなシーンが『シンドラーのリスト』のなかに出てくる。強制収容所の身体検査のシーンだ。身体検査と言っても、これはガス室送りか、労働力として生き延びさせてもらえるかの選別だ。そのとき、親衛隊員はなごやかな音楽をスピーカーから流し、その鎮静作用で騒ぎが起きないようにする。さらに労働力として役に立たない子供たちを、優しい童謡の音の力でアウシュヴィッツ行きのトラックにおびき寄せる」
「無害そうな音楽の無害さを生かし、それを陰険な暴力としてどんな風に使うことができるのかを示したこのシーンのほうが、あのバッハの場面よりずっとぞっとさせられるものがある。なぜならバッハは、親衛隊員が自分のおこなっている殺戮行為との関係を断ち切って弾くだけだが、こちらの音楽は、殺戮行為を成り立たせるための媒介手段として投入されているからだ」
(『ベルリン音楽異聞』第2章「ヒトラーの文化帝国」より)

ドイツ国歌の怪、ヒトラーの文化帝国、幻の指揮者レオ・ボルヒャルト、カラヤンとオペラ原語上演、忘れられた歌劇場、ユダヤ文化同盟、ヒトラーに褒められたオペラ/嫌われたオペラ、サイレント映画の音楽、踊り場デルフィ、ベルリン・アンダーグラウンド・シーン……。深部を穿つ逸話からドイツ現代史の襞が浮かび上がってくる。
本書で紹介される話は、異聞と呼ぶにふさわしい、このアウシュヴィッツの音楽のことよりももっと珍しい話が多いが、ここでは風合いを伝える一例として有名な事例を挙げた。




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